一隻の米イージス艦の出現で進退極まった中国
米国のオペレーションは、中国が軍事的な対抗措置を採れば、軍事衝突につながりかねないものだ。各種戦闘に対応できる駆逐艦を送り込んだのは、中国にとってみれば、「やれるものならやってみろ」と言われているようなものである。米国は、中国との軍事衝突を恐れていない、と言っているのだ。中国は、米国との軍事衝突は避けなければならない一方で、米国に対する譲歩の姿勢を、特に、中国国民に見せることは出来ない。
米国に対する譲歩の姿を見せられないということは、南シナ海における活動を直ちに停止することは難しいということでもある。目に見える形で、米国の圧力に屈したことになりかねない。
では、表に出ない部分で、中国が譲歩できる部分があるのか? 中国は、サイバー攻撃や衛星破壊、電磁妨害等に関する問題で、米国の懸念を払しょくできるような譲歩はできるかもしれない。
しかし、これは、中国にとっては、米国に対する抑止の対等性を放棄させるものでもある。中国は、米国の監視能力や指揮通信能力を低下させることによって、実際の核兵器の能力差を補えると考えているからだ。IISSのミリタリー・バランス2015によれば、大陸間弾道ミサイル発射機の数は、米国が450、中国が66である。この差を埋めることは、中国にとっても難しいし、時間もかかる。中国は、米国と対等な相互核抑止が成立していないと心配するのだ。中国にとっても自国の生存にかかわる問題である。
しかし、衛星を含むネットワークが攻撃されて機能が低下すれば、米国は中国の軍事活動を把握できなくなり、その戦闘能力も低下することになる。米国にとっては、「対等」どころではない。安全保障上、最も危惧すべき状況である。結局のところ、米中の安全保障に関する認識に大きなギャップが存在していることが、米中間の緊張緩和を妨げている。
と言って、このまま放置すれば、米海軍艦艇に自由に行動させ続ける中国指導部に対する国民の非難は高まるだろう。中国指導部は、「監視、追跡、警告」といった抑制的な対応では済まされなくなる。 そうなれば、中国は、米海軍艦艇を排除するために、針路妨害等の強硬な手段を採らざるを得なくなる可能性もある。
その結果、万が一、米海軍艦艇に損害が出るようなことになれば、米国は自衛権を発動するかもしれない。軍事力の行使だ。自衛権を発動しなくとも、公海における捜索救難は、米海軍自身で行うだろう。南シナ海に近い海域で待機しているであろう、米海軍の他の艦艇或いは艦隊が、南シナ海に突っ込むことになる。中国は、この公海を領海だとしている。他国海軍の活動を許せば、中国は面子を失う。しかし、排除しようとすれば、交戦も覚悟しなければならない。
米海軍に対処しても、しなくても、中国は追い込まれてしまう。米国は、「航行の自由」作戦を継続する。中国が、米国が納得する譲歩を模索できる時間はさほど長くないかもしれない。中国は、厳しい選択を迫られている。
[執筆者]
小原凡司
1963年生まれ。85年防衛大学校卒業、98年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。東京財団研究員