最新記事

南シナ海

一隻の米イージス艦の出現で進退極まった中国

2015年10月29日(木)16時26分
小原凡司(東京財団研究員)

 米国のオペレーションは、中国が軍事的な対抗措置を採れば、軍事衝突につながりかねないものだ。各種戦闘に対応できる駆逐艦を送り込んだのは、中国にとってみれば、「やれるものならやってみろ」と言われているようなものである。米国は、中国との軍事衝突を恐れていない、と言っているのだ。中国は、米国との軍事衝突は避けなければならない一方で、米国に対する譲歩の姿勢を、特に、中国国民に見せることは出来ない。

 米国に対する譲歩の姿を見せられないということは、南シナ海における活動を直ちに停止することは難しいということでもある。目に見える形で、米国の圧力に屈したことになりかねない。

 では、表に出ない部分で、中国が譲歩できる部分があるのか? 中国は、サイバー攻撃や衛星破壊、電磁妨害等に関する問題で、米国の懸念を払しょくできるような譲歩はできるかもしれない。

 しかし、これは、中国にとっては、米国に対する抑止の対等性を放棄させるものでもある。中国は、米国の監視能力や指揮通信能力を低下させることによって、実際の核兵器の能力差を補えると考えているからだ。IISSのミリタリー・バランス2015によれば、大陸間弾道ミサイル発射機の数は、米国が450、中国が66である。この差を埋めることは、中国にとっても難しいし、時間もかかる。中国は、米国と対等な相互核抑止が成立していないと心配するのだ。中国にとっても自国の生存にかかわる問題である。

 しかし、衛星を含むネットワークが攻撃されて機能が低下すれば、米国は中国の軍事活動を把握できなくなり、その戦闘能力も低下することになる。米国にとっては、「対等」どころではない。安全保障上、最も危惧すべき状況である。結局のところ、米中の安全保障に関する認識に大きなギャップが存在していることが、米中間の緊張緩和を妨げている。

 と言って、このまま放置すれば、米海軍艦艇に自由に行動させ続ける中国指導部に対する国民の非難は高まるだろう。中国指導部は、「監視、追跡、警告」といった抑制的な対応では済まされなくなる。 そうなれば、中国は、米海軍艦艇を排除するために、針路妨害等の強硬な手段を採らざるを得なくなる可能性もある。

 その結果、万が一、米海軍艦艇に損害が出るようなことになれば、米国は自衛権を発動するかもしれない。軍事力の行使だ。自衛権を発動しなくとも、公海における捜索救難は、米海軍自身で行うだろう。南シナ海に近い海域で待機しているであろう、米海軍の他の艦艇或いは艦隊が、南シナ海に突っ込むことになる。中国は、この公海を領海だとしている。他国海軍の活動を許せば、中国は面子を失う。しかし、排除しようとすれば、交戦も覚悟しなければならない。

 米海軍に対処しても、しなくても、中国は追い込まれてしまう。米国は、「航行の自由」作戦を継続する。中国が、米国が納得する譲歩を模索できる時間はさほど長くないかもしれない。中国は、厳しい選択を迫られている。

[執筆者]
小原凡司
1963年生まれ。85年防衛大学校卒業、98年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。東京財団研究員

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

タイ中銀、バーツの変動抑制へ「大規模介入」 資本流

ワールド

防衛省、川重を2カ月半指名停止 潜水艦エンジンで検

ビジネス

中国、25年の鉱工業生産を5.9%増と予想=国営テ

ワールド

ゼレンスキー氏、年内の進展に期待 トランプ氏との会
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中