最新記事

香港

反政府デモの「正しい負け方」とは何か?

2015年10月2日(金)11時46分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

 また、平和的かつ美しい運動の姿ばかりがクローズアップされたが、別の場所では諸肌を脱いだ荒くれ者たちが道路に大の字になって寝ていて、警官や中国人観光客ともみあいになるシーンも多かった。

 占拠が長引くにつれ、運動のリーダー的存在と見なされていた学生団体「学聯」への批判も強まっていく。学聯は8校の大学学生会が加盟する組織だったが、雨傘運動終結後に民主的な運営がなされていないとの批判が高まり、4校の学生会が脱退している。

 また運動当初は理性的な動きが目立ったが、次第に中国本土人に対するヘイト的な動きが散見されるようになる。もともと香港では、大手ネット掲示板を拠点としてヘイト的な活動を行うグループがあり、2012年には募金を集めて「中国人は醜いイナゴ」との新聞広告を出したり、あるいは繁華街で中国人観光客を罵倒するなどの"運動"が行われていた。こうした過激な人々は数こそ少ないものの、次第に目立つ存在となっていった。

 雨傘運動の終結後は、中国人「鳩嗚団」(「購物団」の掛け言葉。「購物」は「買物」のこと)と呼ばれる、中国人観光客への罵倒、嫌がらせを行う活動も行われた。一方、平和的抵抗を呼びかける人々を「左膠」(クソサヨク)と侮蔑し、堂々と「以武制暴」(武力をもって暴政に対抗する)を主張する人まで現れている。

 その後、実効的な動きを見せられなかった民主派への失望が広がった。毎年7月1日の香港返還記念日には大規模なデモが実施されるが、2015年のデモは参加者が主催者発表でも約4万8000人と予定数の半分以下という退潮を見せている。今年11月には区議会選が実施されるが、民主派に失望した人々が独自候補を擁立する動きを見せており、野党票を食い合うことで、建制派と呼ばれる政府支持派が圧勝する可能性が高まっている。

東アジアに訪れた街頭政治の時代

 2014年3月の台湾・ひまわり学生運動、2014年9月の香港・雨傘運動、そして今夏の日本の反安保法制デモ。それぞれは直接関連しているわけではないが、いずれも若者発の運動である点、従来とは異なるポップな装いをしている点で共通している。既存の政治制度に限界を感じた人々による街頭政治の時代が東アジアに訪れている。

 短期的な成果だけで見ると、学生たちが立法院を占拠し、中台サービス貿易協定の批准をストップさせた台湾だけが成功したように見える。ただし台湾のケースでは、与党・国民党の大物でありながら、馬英九総統と対立していた王金平立法院院長が学生支持に回ったことが最大の要因であり、幸運に恵まれたことは否定できない。

 歴史を紐解いてみても、街頭運動が短期的な成果をあげることは困難だ。だがそれだけがすべてではない。問題はどのように負けるか、祭りの後に何をもたらすことができるかにある。

 雨傘運動は何を残したのだろうか。中国政府の押し付けに対する香港社会の抵抗力を見せつけたという側面は否定できない。しかし、1周年記念集会の寂しい光景や今も続くヘイト的な活動、政府批判派の分裂を見ると、正しい負け方ができたとは言いがたいのではないか。

[執筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

「経済あっての財政」が基本、戦略的に財政出動 高市

ワールド

英財務相、所得税引き上げ検討 財政赤字削減で=ガー

ビジネス

米パラマウント、ワーナー・ブラザーズ買収で最有力か

ワールド

金価格10週ぶり下落へ、ドル高重し 米CPI控えポ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 2
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシアに続くのは意外な「あの国」!?
  • 3
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼稚園をロシアが攻撃 「惨劇の様子」を捉えた映像が話題に
  • 4
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 5
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 6
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 7
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 8
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 9
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 10
    「石炭の時代は終わった」南アジア4カ国で進む、知ら…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 9
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 10
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中