最新記事

少子化

中国は先進国になれない

2012年1月5日(木)11時43分
千葉香代子(本紙記者)

中国発、バブル崩壊の波

 もちろん楽観論もある。人口減少に対する最良の対策は、一人一人の生産性を上げること。人手が減っても、サンテックのような企業が機械化を進めて割安で革新的な製品を作り続ければ、高成長を維持していずれは先進国入りするかもしれない。

「人口は減ってもGDPが増えるということもあり得る」と、サンテックを訪ねたアナリストは言う。子供たちの数が減ることで、質の高い労働力に育て上げるための教育投資や子育て消費が増える可能性もある。

 仮に労働人口が減ったとしても、農村から都市へと人が移動する都市化が続く限り成長は続くという主張もある。都市に人が集まり刺激し合えば、新しいアイデアも生まれる。宅配便などは、まさに都市化ありきのビッグビジネスだ。

 だがいったん労働人口の減少が始まれば、それを巻き戻すことは極めて難しい。

 まず中国の都市労働者の退職年齢は53歳と若く、現在40〜44歳の第1次ベビーブーム世代が10年後には退職年齢に突入して退職者が一気に増える。現在20〜24歳の第2次ベビーブーム世代は、大半が高校を卒業して既に社会に出てしまっている。

 退職年齢を65歳まで引き上げる政策も、労働者の教育水準が低く、高齢なのに肉体労働しかできない人が多い中国では非現実的だ。現在60歳前後の中国人の平均教育年数は6年間で、小学校卒レベルでしかない。40代でようやく中卒レベルの9年間というのが実情だ。

 一人っ子政策をやめれば人口が増える、というのも誤解でしかない。少子化で子供を産む女性の数自体が減っているからだ。仮に一人っ子政策をやめたとしても、母親の数が増えるまでには20〜30年かかり、その間人口の減少は続いていく。

 少なくとも、これから生まれる子供が生産年齢に達するまでの15年間は、生産年齢に達しない子供とベビーブーム世代の大量退職者が二重の社会負担として企業や家計にのしかかる。低成長のせいで貧富の格差は解消せず、失業も増える。人口オーナス期の到来だ。

 専門家は、人口減少が中国経済と世界経済にもたらす痛みの大きさを懸念している。GDPの半分を占める公共投資と設備投資がもたらした建設バブルは、人口増加を当てにして数多くの空港やマンション群を生み出した。「人口が増えなければ腐る資産ばかりだ」と、日本政策投資銀行参事役の藻谷浩介は言う。一部では内モンゴル自治区オルドス市のように、新興住宅地などのゴーストタウン化も始まっている。

 しかも、全世界が一獲千金を夢見た対中投資によってこの巨大バブルに加担している。人口減少を引き金に、中国を震源とするバブル崩壊が世界中に広がるかもしれない。

 アップルなど世界のメーカーがそのビジネスの前提としてきた中国の若くて豊富な労働力は、いずれ消える。中国人の代わりはすぐには見つからず、世界中の物の値段が上がるだろう。

 しかも中国の後にはタイやベトナム、インドネシアが続々と早過ぎる生産年齢人口の減少を迎えることになる。貧困撲滅のため70年代に一斉に採用した産児制限が原因だ。「東アジアの奇跡」の一方で、「東アジアの悲劇」が生まれかねない。

 これまで猛スピードで走ってきた中国は、本当に先進国の仲間入りを果たせないまま、ゴーストタウンだらけの国になるのか。それは10年後にサンテックのクリーンルームを訪ねてみれば分かるだろう。

[2011年8月31日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米東部の高齢者施設で爆発、2人死亡・20人負傷 ガ

ワールド

英BP、カストロール株式65%を投資会社に売却へ 

ワールド

アングル:トランプ大統領がグリーンランドを欲しがる

ワールド

モスクワで爆弾爆発、警官2人死亡 2日前のロ軍幹部
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中