アップルを揺さぶる中国「連続自殺」
短期間に自殺者集中の「異常」
テクノロジー関連のブログも、中国工場の自殺多発問題で持ち切りになった。ブログでしきりに論じられている問題の1つは、「中国全体の自殺率と比較した場合、富士康の深セン工場の自殺件数は別に多くないのではないか」という点だ。
WHO(世界保健機構)の統計によれば、中国の全国レベルの自殺者の割合は、人口10万人当たりで年間に13~15人。40万人が働く富士康の工場で十数人の自殺者が出ても、全国平均以下という計算になる。もっとも、富士康の従業員と中国全体の人口では年齢・性別などの構成が異なるので、単純な比較はできない。
富士康の工場で働く従業員の数を考えれば、1年を通して十数人どころか「何十人も自殺者が出ておかしくない」と、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の鬱研究プログラムの責任者を務めるイアン・クック医師は本誌に語った。「この問題がこれだけ注目を浴びているのは、極めて短い期間に自殺が集中しているからだ」
もう1点注目すべきなのは、富士康の自殺者が会社の施設を自殺場所に選んでいることだ。ほとんどは、寮の屋上から飛び降り自殺を図る。
富士康の工場労働者の悲惨な実態がはじめて大きく報じられたのは、09年の7月。アップルの高機能携帯電話iPhoneの試作品紛失事件に関連して、会社側の調査を受けた――一部消息筋によれば暴力を振るわれたという――後で、当時25歳の男性従業員、孫丹勇(スン・タンヨン)が飛び降り自殺したのだ。
この件について、アップルは以下のような短い声明を発表している。「若い従業員の死を悲しむとともに、死の理由に関する調査結果を待ちたいと思います。委託生産先には、すべての労働者の尊厳を認めて、敬意をもって接するよう求めます」
アップルにとって欠かせない工場
アップルやデル、HPが取れる対策は限られているように見える。せいぜいできるのは、工場の労働環境の改善とカウンセリング体制の充実を訴えることくらい。富士康との関係を大幅に変更することは不可能だ。安価で大量に製品や部品を製造する富士康に、アップルなどの企業はすっかり頼っている。「現在のシステムを根底から変更することは、まず考えにくい」と、業界紙マニュファクチャリング&テクノロジー・ニュースのリチャード・マコーマック編集長は言う。
アップルは、ブラジルやインドなど、賃金水準の低い別の国に生産委託先を変更できないのか。「それは無理だ。生産を引き受けるためには、膨大な知識が欠かせない」と、マコーマックは言う。「iPadのそれぞれの部品に関する知識は世界中の企業が持っているが、それを1つの製品に統合するのに必要な知識を持っている企業は世界にほんの一握りしかない」
マコーマックによれば、アップルが満足いく供給体制を構築し、ジャスト・イン・タイムの生産システムを確立するまでに20年の歳月を要した。しかも、一部の報道によれば、富士康の従業員数は80万人とも言われる。これだけの規模の委託先企業の代わりを見つけるのは簡単でない。何しろこの80万人の背後には、原材料の納入業者や下請け業者、工場の給食業者など、その何倍もの労働者がいる。
中国内外のメディアやブログはこの問題を大きく取り上げ続けている。テクノロジー情報ブログ「ギズモード」は、5月27日の記事でこう書いた。「12人目の自殺未遂を報じた途端に、13人目が飛び降りたという速報を流す羽目になった。しかも今では、この速報記事も古くなっている」
中国の英語版ニュース・情報ブログ「シャンハイスト」は、富士康が従業員に署名させている(と同ブログが主張する)誓約書の内容をすっぱ抜いた。その記事によると、誓約書は「自殺しないと(従業員に)約束させている」という。