最新記事

安全保障

核廃絶は世界の平和を破壊する

2010年4月13日(火)15時03分
ジョナサン・テッパーマン(国際版副編集長)

核拡散は進んでいない

 核悲観主義者は、イランや北朝鮮を抑え込めたとしても、両国からテロリストに核兵器が流出する恐れがあると主張する。しかし詳しく検証すると、大量破壊兵器がテロリストに渡る危険性は誇張されているようだ。

 イランが核兵器の製造に成功しても、「彼らが自分たちの体制存続に不可欠な『宝物』を(レバノンのシーア派組織)ヒズボラのようなグループに渡すとは考えにくい」と、デシュは指摘する。「ましてイランと共通の利害がないアルカイダなどに渡すはずがない」

 それよりずっと深刻な脅威は、核保有国の北朝鮮やパキスタンが崩壊して、核兵器が管理不能になる事態だ。しかし、ここでも過去の事例が一定の安心材料になる。

 中国が初の核実験に成功したのは64年だが、その2年後に文化大革命が勃発。大混乱に陥った中国では、ほとんどの政府機関が脅威にさらされたが、核関連施設だけは無事だった。「あれだけの騒乱のなかでも、許可なく核が使われるかもしれないとは誰も考えなかった」と、デシュは言う。

 91年にソ連が崩壊した際も、アメリカの支援もあって核兵器の安全はおおむね守られた。しかも近年のロシアは年20~30%のペースで国防費を大幅に増やし、その一部を核貯蔵庫の近代化と防御に充てている。

 パキスタン政府も、国内が大混乱に陥った場合を想定してさまざまな予防措置を策定済みだ。過激派が核ミサイルを発射させる事態を防ぐために操作が難しい発射装置を導入したり、核関連施設への侵入防止のために職員への特別訓練や身元審査も行っている。たとえパキスタンという国家が崩壊しても、イスラム原理主義組織のタリバンが核兵器を入手する可能性は極めて小さい。

 核兵器がテロリストに使われる危険性を指摘する見方について、デシュはこう指摘する。「核兵器のシステムを実際に動かすのは簡単ではない。定期的な保守点検が必要だし、すぐに動作不能になる。核兵器を布袋に入れて、こっそりアメリカに持ち込むなどという考えはばかげている」

 一方、例えばイランが核武装した後、他のペルシャ湾岸諸国が続々と核兵器の製造に乗り出す核拡散のシナリオも考えられる。しかし、ここでも過去の事例が参考になる。「戦後64年間、核保有国は最も多かったときで12カ国だ」と、カリフォルニア大学のウォルツは指摘する。「今は北朝鮮を入れても9カ国。つまり、核の拡散が進んでいるとは言えない」

 ある国が核を手に入れようとすれば大騒ぎになるし、莫大な費用もかかる。それでも入手しようとするのは、体制の存続には核兵器がどうしても必要だと考える国だけだ。90年代前半、南アフリカやウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンは核兵器を自発的に放棄した。ブラジルやアルゼンチンは開発を初期段階で断念した。

合理性を欠く「核恐怖症」

 それでもイランが核兵器の製造に成功すれば、エジプトやサウジアラビアなど一部の近隣諸国が後に続こうとする危険性はある。しかし、急激な核拡散は考えにくい。ヒラリー・クリントン米国務長官は最近、イランが核保有国になれば、アメリカの「核の傘」を中東に広げると示唆したばかりだ。

 以上のすべてを考え合わせると、核の脅威はずっと小さなものに見えてくる。ではなぜ、この点に気付く米当局者が少ないのか。

 私たちの多くは、デシュの言う「核恐怖症」にさいなまれている。核兵器は恐ろしいという当然の事実に根差した不合理な恐怖感が、核兵器保有の危険性に関する冷静な判断をできなくしている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ベラルーシ大統領、米との関係修復に意欲 ロシアとの

ビジネス

ECBが金利据え置き、4会合連続 インフレ見通し一

ワールド

ロシア中銀、欧州の銀行も提訴の構え 凍結資産利用を

ビジネス

英中銀、5対4の僅差で0.25%利下げ決定 今後の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 2
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 6
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 7
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 8
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 9
    円安と円高、日本経済に有利なのはどっち?
  • 10
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中