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チベット

ダライ・ラマは聖人にあらず

2010年3月25日(木)14時47分
クリスティーナ・ラーソン(フォーリン・ポリシー誌編集者)

 ダライ・ラマは原則的に人工妊娠中絶には反対だし、同性愛についても曖昧な態度に終始している。96年の著書『ドグマを超えて』では、驚くほどはっきりと性的な禁忌を定義している。「性交渉は、男女共に生殖器を使いそれ以外の部分は一切使わない場合に適切なものと見なされる」

 近年は、表現がいくらか遠回しになった。サンフランシスコを訪れたときには、仏教の教えは歴史的に同性愛をいさめているが、そうした禁忌は仏教徒だけに当てはまるものだと語った。

(次のように、混乱させることも書いている。「同性愛は、男性であろうと女性であろうと、それ自体が不適切なわけではない。不適切なのは、既に性交渉にはふさわしくないと定義された器官を使って性交渉を行うことだ」)

シャングリラは人工の観光地

 チベットという土地もシャングリラからは程遠い。そもそもシャングリラという地名は最近まで実在しなかった。中甸県という町が10年ほど前、ヒルトンの描いた楽園にあやかって香格里拉(シャングリラ)県に改名しただけだ。

 実際、この近代都市はとても夢の国には見えない。『失われた地平線』の設定に近い高原に位置する人口13万人のこの町は、旧市街と新市街に分かれているが、先にできたのは新市街のほうだ。この数十年、中国のあちこちに建設された急造の地方都市と同様、コンクリート造りの団地やショーウインドーのある店が目立つ。

 一方旧市街のほうは、過去10年以内に建てられた。古風な石畳の街路に木造のポーチのある店、昨年秋に私が行ったときには、ストーブで薪を燃やし階段に犬が寝ている田舎風のロッジに泊まった。すべては、私のような旅行者に期待どおりのものを見せるために造られた偽物だ。

 シャングリラはチベット自治区でさえない。雲南省最北部にある(チベット族の居住範囲は中国の5つの省にまたがっていて、全域を「大チベット」と呼ぶ)。

 中国東部の豊かな地域からは、チベットの土地と文化に興味を持ち始めた漢族の旅行者もやって来る。大型観光バスで乗り付け、宴会場やカラオケバーもある新市街の高級ホテルに泊まる。通常彼らはシャングリラにはほとんど滞在せず、代わりにガイド付き日帰り旅行で雄大な自然を見に出掛ける。

 一方、欧米人の旅行者は、旧市街のロッジに泊まり、手縫いのチベットコートやひすいのアクセサリー、マニ車といった民族雑貨でバックパックやスーツケースをいっぱいにし、ますますチベットへの関心が高まったと口にする。

 チベット人のほうも、世界の熱い関心は金になると気が付いた。私たちが信じたがるより、彼らはずっと現世的だ。シャングリラには、西洋人と中国人それぞれの期待に応えるツアーを取りそろえた旅行会社を経営する起業家精神に満ちたチベット人たちもいる。

 偶然の出会いだけで物事を一般化するのは危険だが、私が会ったチベット人の若者は、私たちの神話の中のチベット人より現世的で現実的だ。

 シャングリラの中央広場のそばで出会った21歳のタシは、旅行会社の外の階段に座ってたばこを吸っていた。「健康には悪いけど、セクシーだろう」と、彼は言った。

 黒いアディダスのジャケットに細身のジーンズ、短い髪の毛はジェルで針のように突っ立っている。アメリカ映画で見たスタイルだという。マイケル・ジャクソンの死に衝撃を受けたといい、独特のムーンウオークをして見せた。

 夜は、友達とバーに集まりチェスをしたりコーヒーやビールを飲んで過ごす。

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