最新記事

健康

さらば酔っぱらい大国

長年ロシアを悩ませてきた国民の過剰な飲酒問題。メドベージェフ大統領も大掛かりな対策に乗り出したが

2009年10月23日(金)13時33分
アンドレイ・リトビノフ(ロシア語版特約)

 ロシア人に酒を控えさせようなんて、万に一つも実現の望みはなさそうな試みだ。にもかかわらずドミトリー・メドベージェフ大統領は8月末、2012年までに国民のアルコール消費量を現状の4分の3程度にまで減らすための新たな政策に着手した。

 確かに、ロシア人の飲酒問題は深刻なレベルと言っていい。国民1人当たりの年間アルコール摂取量は18リットル。これはWHO(世界保健機関)が設定する健康に害を及ぼさない水準(年間8リットル)の実に2倍以上だ。摂取量がこの水準から1リットル増えるごとに、平均寿命が男性は11カ月、女性は4カ月短くなるという。

 今回の対策は3つの柱から成る。メディアを使った啓蒙活動とビール消費の制限、そして20歳以下への酒類販売の規制強化だ。政府は年内に500以上の健康センターを設置。各センターでは肝硬変になった肝臓の絵を掲示するといった、旧ソ連時代を思わせる作戦を実施するという。啓蒙運動を展開する民間団体も現れた。

 国民の飲酒量を減らすための大掛かりなキャンペーンはこれが初めてではない。例えばゴルバチョフ政権下で実施された政策は、酒類の売り上げを60%も減少させる成果を挙げた(同時に密造酒のブームも起きたが)。政府によれば80年代後半、この政策のおかげで100万人以上の命が救われたという。

ウオツカ対策は手付かず

 しかし副作用もあった。当局はむやみやたらにブドウの木を伐採したし、酒不足も発生した。怒れる消費者は酒を求めて行列をつくり、しばしばけんかが起きた。

 メドベージェフに勝算はあるのか。諸悪の根源であるウオツカへの対応が不十分だと指摘する声もある。「最大の問題は、アルコール度数の高い酒が簡単に手に入るということだ」と言うのは、モスクワ精神医学研究所のアレクサンドル・ネムツォフ。アルコール政策の専門家だ。

 ロシアで消費される酒のおよそ70%はウオツカなどのアルコール度数の高い酒が占める。にもかかわらず、このロシアを代表する酒からロシア人を引き離す妙案は見つかっていない。

 90年代半ばには、(ウオツカに比べれば)酔いにくいビールの消費を奨励しようという動きがあった。ビールの消費量が増えればウオツカを飲む量が減るだろうと当局は期待した。

 しかし「10代の若者にとって、ビールはアルコール依存への入り口になった」と、政府に政策提言を行う団体、社会会議のオレグ・ジコフは言う。飲酒開始年齢が低くなればなるほど、将来的に強い酒を日常的に飲むようになる率が上がり、酒浸りになる可能性も高くなる。実際、ウオツカの消費量は減らなかった。

 今回の取り組みが何らかの成果を挙げるとすれば、それはこの「ビール作戦」のツケを精算することくらいかもしれない。政府はビール消費にブレーキをかけるため、10年にはビールに掛かる酒税を現行の3倍近くに引き上げることを検討中だ。

酒税引き上げは無意味

 もっとも、連邦・地域酒類市場調査センターのバディム・ドロビズ所長に言わせれば、増税によるビールの値上がりに意味はない。すぐに「第2のビール」が市場に出回るからだ。

 密売も増えるだろう。国家アルコール政策開発センターのパベル・シャプキン所長によれば、大手酒造業者の製品は闇市場にも大量に出回っている。また、ロシア国内のウオツカの生産能力は、表の市場での流通量の3倍に達するという。地方政府にとってアルコール生産が貴重な税源となっていることが、背景に挙げられる。

 だが今のところ、国民は政府の取り組みを支持しているようだ。世論調査によれば、65%が政府の政策、特に20歳以下への酒類の販売規制の強化を支持すると答えている。それでアルコール依存の人々の飲酒癖が治るわけではないだろう。しかし、若者たちが酒浸りになるのを食い止める効果はあるかもしれない。

[2009年9月30日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英仏海峡トンネルで電力障害、ユーロスター運休 年末

ビジネス

WBD、パラマウントの敵対的買収案拒否する見通し=

ワールド

サウジ、イエメン南部の港を空爆 UAE部隊撤収を表

ビジネス

米12月失業率4.6%、11月公式データから横ばい
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 5
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 6
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 7
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 8
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 9
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 10
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中