最新記事

ヨーロッパ

EUを揺るがすマケドニア国名論争

EUとNATOの東方拡大を目指すアメリカと西欧諸国だが、国名をめぐるマケドニア旧ユーゴスラビア共和国とギリシャの対立が足かせになりかねない

2009年8月7日(金)15時30分
トーマス・ミーニー(コロンビア大学歴史学研究者)、
ハリス・ミロナス(ジョージ・ワシントン大学政治学・国際情勢准教授)

誇りをかけて 国名変更に反対して首都スコピエの街頭で抗議デモを行う市民(08年3月) Ognen Teofilovski-Reuters

 EU(欧州連合)は、加入希望者が長い行列を作る人気クラブだ。ドアの前にはクロアチア、モンテネグロ、セルビア、アルバニア、トルコなどがずらりと並ぶ。しかし、バルカン半島のある国に限っては、加盟に向けた最大の問題は入口で正しいIDを示せるかどうかだ。

 ブッシュ前政権の間に、旧共産圏の7カ国がNATO(北大西洋条約機構)とEUへの加盟を果たした。しかし、FYROM(マケドニア旧ユーゴスラビア共和国)のNATO加盟は昨年、ギリシャ政府の反対によって阻止された。ギリシャはEU加盟にも反対する構えだ。原因はすべて――名前にある。

 FYROMという不恰好な頭文字を嫌がったのか、同国は紀元前4世紀にギリシャ全土を征服したアレクサンダー大王の帝国「マケドニア」の名前で加盟を申請した。しかし問題は、ギリシャ北部にも「マケドニア」という地域があること。ギリシャは、FYROMに拡大政策の野心があるのではないかと懸念している。

 アメリカはロシアの勢力圏を縮小させるため、NATOの東方拡大を支持する姿勢を示している。アメリカにとって、FYROMは名前の問題があろうと、格好の加盟国候補といえるだろう。

 オバマ政権は、頑固に「マケドニア人」を支持したブッシュ政権の政策を見直し、同国にNATO加盟実現に向けて必要な妥協案を受け入れるよう説得すべきだ。

 しかし、それは簡単なことではない。FYROMが旧ユーゴ時代を彷彿させる国名をよく思っていないのは当然だ。首都スコピエでは、「私をFYROMと呼ばないで!」と書かれた車用のステッカーが人気だ。

ギリシャの一部も自国の領土?

 強大な隣国に囲まれたこの国は、90年代には国家としての存続すら疑問視されていた。アルバニア系、トルコ系、ギリシャ系など多様な民族が小さな国土にひしめいている。この不安定な国家が、自らの歴史の中で最も古く、誇れる存在であるアレクサンダー大王に固執したとしても不思議ではない。

 FYROM最大の少数民族であるアルバニア系住民は、EUとNATOへの加盟を心から望んでいる。加盟が実現すれば経済効果だけでなく、同じバルカン半島のアルバニア共和国の人々との関係も強化できるだろう。

 彼らは、多数派であるスラブ系住民の間で高まる「アレクサンダー熱」に苛立ちを募らせている。スラブ系住民は、国民のアイデンティティーを「マケドニア人」に集約しようとしている。

 さらに問題なのは、「マケドニア人」向けの教科書に掲載されている地図だ。そこでは先祖の代から所有していたもともとの国土を、現在のギリシャやアルバニアなどに大きく食い込む形で描き、ギリシャ北部の中心都市セサロニキは占領された土地だと説明している。ギリシャが懸念しているのは、こうした領土回復主義的な主張だ。

 国連の仲介者は、いくつもの国名の代案をFYROMに提案している。ギリシャも最近になって、「北マケドニア共和国」なら許容できることを示唆した。しかしこの名前だと、ギリシャに「南マケドニア」があるような印象を与えてしまう。南北朝鮮とは違い、これは言語学的にも民族的にも正しくない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、ウクライナのエネ施設に集中攻撃 新たな3カ

ワールド

焦点:外為特会、減税財源化に3つのハードル 「ほく

ワールド

スペイン、16歳未満のソーシャルメディア利用禁止へ

ワールド

香港小売売上高、12月は前年比6.6%増 8カ月連
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗り物から「勝手に退出」する客の映像にSNS批判殺到
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れるアメリカ」に向き合う「日本の戦略」とは?
  • 4
    トランプ不信から中国に接近した欧州外交の誤算
  • 5
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 6
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 7
    中国政府に転んだ「反逆のアーティスト」艾未未の正体
  • 8
    関節が弱ると人生も鈍る...健康長寿は「自重筋トレ」…
  • 9
    最長45日も潜伏か...世界が警戒する「ニパウイルス」…
  • 10
    地球の近くで「第2の地球」が発見されたかも! その…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 5
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 6
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 7
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 8
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 9
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 10
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中