最新記事

政治

色あせたオレンジの夢

政治も経済も壊滅状態、04年のオレンジ革命の高揚感はどこへ消えた

2009年4月7日(火)15時48分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)

 04年11月の冷たい雨の夜、ビクトル・ユーシェンコは、ウクライナの首都キエフの独立広場で、オレンジ色のリボンやスカーフを身につけた群衆の前に立っていた。

「団結と寛容、相互理解によって大きな成果を達成できることは、ヨーロッパの経験によって明らかだ」とユーシェンコは言い、50万人の支持者に対し、理想に満ちた新時代のウクライナを築くことを約束した。ロシアでなくEU(欧州連合)との関係を強化し、西欧流の報道の自由と自由な選挙、透明性のある市場を実現する――。

 4年半後の今、この約束は色あせて見える。オレンジ色のピープルパワーのうねりが親ロシア派の強権的で腐敗した支配体制を突き崩し、親欧米派の野党指導者ユーシェンコを大統領の座に就け、ウクライナに民主主義を花開かせたことは事実だ。しかしこのオレンジ革命がもたらしたものは、安定と繁栄ではなく、混乱と低迷だけだったのかもしれない。

 04年の大統領選後のウクライナでは、不安定な連立政権が誕生と崩壊を繰り返し、オレンジ革命を共に主導した盟友のユーシェンコ大統領とユリア・ティモシェンコ首相のいがみ合いが続いてきた。現在ユーシェンコの支持率はたったの2・7%。世界で最も不人気な指導者と言っていいだろう。

 ウクライナの指導者たちは西欧への仲間入りを熱望しているが、西欧諸国の信用はもはやない。一方、東の強大な隣人ロシアはウクライナを再び影響下におく機会をうかがっている。

利権に汚れた革命の英雄

 オレンジ革命が約束した市場経済は、この国を瀕死の状態に追い込んだ。00年以降、平均で年7%の経済成長を遂げてきたまではよかったが、米格付会社スタンダード&プアーズ(S&P)によれば09年には経済の規模が最大20%縮小する見通し。この国の脆弱な金融システムが崩壊し、経済の再生がますますむずかしくなりかねないと恐れるアナリストもいる。

 この事態がすべて政府の責任というわけではない。世界的な景気悪化により、世界市場で金属の需要が半減し、相場も半分に下落した。経済の40%以上をアルミと鉄鋼の輸出に頼っているウクライナはその直撃を受けた格好だ。

 しかし政治家のせいで状況がひときわ悪化したことはまちがいない。政治が大衆迎合と利権追求に乗っ取られるという「最悪のタイプの民主主義」がウクライナに根づいてしまったと、英コンサルティング会社オックスフォード・ビジネスグループのアナリスト、ポーリウス・クチナスは言う。

 確かに、有力政治家は一人残らず財閥と親密な関係にあり、国の直面する課題を解決するよりお互いの腐敗ぶりを非難し合うことに終始しているように見えることも多い。「戦術ばかりで戦略がない」と、クチナスは言う。「みんな目先の損得しか考えていない」

 世論調査をみるかぎり、ユーシェンコに対する有権者の目は厳しい。大統領がオレンジ革命の理想を忘れて、国の舵取りより財界の仲間たちの利権を守ることに血道を上げていると考える人は多い。

 民主化運動の盟友の多くも離れていった。オレンジ革命の翌年の05年には早くもティモシェンコと仲たがいした。「私たちが語り合った夢は何一つとして実現していない」と、ユーシェンコの古い友人のセルゲイ・テレヒン元経済相は言う。

 政府の失政の象徴がエネルギー政策だ。ウクライナのエネルギー需要の70%をまかなうのは輸入天然ガス。国営ガス会社のナフトガスがロシアのエネルギー大手ガスプロムから天然ガスを輸入し、市場価格より安いガス料金で国内に供給している。その差額は国が埋めているが、巨額の負担が国家財政を圧迫している。

 財政を立て直すためには、これをやめにして、ガス利用者(有力財閥傘下の企業も含まれる)に国際相場に釣り合うガス料金を支払わせればいい。しかし、ユーシェンコもティモシェンコもそのような有権者受けの悪い改革に踏み切ることを拒んでいる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中