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「ターフ/TERF」とは何か?...その不快な響きと排他性の歴史

Material Girls

2024年09月26日(木)15時00分
キャスリン・ストック(元イギリス・サセックス大学教授)

スマイスはフェミニズム的な内容のブログを運営しており、そのなかで2008年に、「ミシガン女性音楽フェスティバル」(通称「ミシフェス」)について投稿した。

1976年に始まったミシフェスは、ラディカル・フェミニストの主催者たちによって、女性だけの、あるいは主催者たちが名づけたように「女から生まれた女」だけのものとして構想された。

参加者のなかには、同じ生物学的性別どうしという伝統的な意味でのレズビアンが多く存在した。その後、この音楽祭は、「トランス女性」をイベントから明確に排除したことで物議を醸すようになった(実は、この論争の影響もあり、2015年にミシフェスは廃止された)。


 

スマイスはブログの読者からミシフェスの宣伝をしたことをすぐに非難され、その後、公に謝罪する過程で、ターフという略語を作り出した。スマイスは、今後いかなる「トランス排除的フェミニスト・イベント」も宣伝しないと約束した。それに関連して、「私の決断が、一部のトランス排除的ラディカル・フェミニストを怒らせる可能性があることは承知している」と書いたのだった。

印象に残る略語の多くがそうであるように、「ターフ」という言葉は急速に広まった。おそらくその不快な響きと、侮辱や脅迫として連呼しやすいことも後押ししたのだろう。

スマイスの当初の説明では、ターフは定義上フェミニストであった。だが、後に一般的に使われるようになったこの言葉は、ジェンダーアイデンティティ理論を形成する一連の考え方に対して、いかなる理由からであれ、少しでも批判的な視点を持つすべての人を指すようになった。

実際、ジェンダーアイデンティティだけでは女性や男性とは言えないのではと悩むだけで、「トランス女性」や「トランス男性」自身すらターフと呼ばれるようになった。

一般に、ジェンダーアイデンティティ理論の擁護者が、批判に対して攻撃的な態度をとる傾向があるのはなぜだろうか。その答えの少なくとも一部は、ジェンダーアイデンティティ理論の知的前提、とくにバトラーの哲学的世界観にあるように思われる。

バトラーは、社会的であれ生物学的であれ、男性や女性というカテゴリーは必然的に「排除的」であると考える。つまり、男性と女性の自然で「正しい」あり方について、一定の制限的な理想やステレオタイプを優先させるものだと考えるのだ。

この見解によれば、社会的または生物学的な女性なるものを自然で、あらかじめ与えられたカテゴリーとして主張しようとすれば、暗黙のうちに含まれた理想を満たさず社会的に疎外される人びとを、つねにどんな理由であれ、事実上「排除」することになり、それゆえに批判されるべきである、ということになる。

この背景には、さらに哲学の世界で「スタンドポイント認識論」と呼ばれているものが影響している。これは、ある種の知識は社会的に規定されており、特定の社会的状況に置かれている場合に限りその種の知識を容易に獲得することができる、という考え方である。

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