最新記事

ウクライナ

2014年にウクライナ人女性が日本語で書いた、美しいウクライナの思い出とは

2023年08月19日(土)10時20分
恒川光太郎(小説家)
ひまわり

Arkhipenko Olga-shutterstock

<「ウクライナがどんなところかご存知ですか」と日本語で語りかけてくる...。戦争前の美しいウクライナを垣間見ることができる、貴重な本について>

私たちがウクライナをよく知ることになったのは、残念なことにロシアによる軍事侵攻によって戦場となり、多くの命が失われて以降...。

しかし約10年前、ウクライナの人々の暮らしや考え方などを、瑞々しい日本語でウクライナ人女性が綴リ、刊行された本がある。恒川光太郎氏の「戦争前のウクライナを垣間見る本」を『翻訳者による海外文学ブックガイド2 BOOKMARK』(CCCメディアハウス)より抜粋。

◇ ◇ ◇

 
 
 
 

本書はキーウで育った女性が日本の大学で学び日本語で書いた14年刊のエッセイ。すらすらと頭に入る素直な文章で、ウクライナの思い出や、徒然なる日々の雑感が綴られている。

「相田みつを」美術館にいったときの感動や、食べ物や服についてのほのぼのとした題材がある一方、チェルノブイリ原発事故が起こった時の記憶や、ドイツ軍が攻めてきたときの 祖父母世代の話、スターリン時代の飢餓(収穫全てをソ連に接収され、膨大な餓死者がでている)など、暗雲漂うものもある。

第二次大戦時にキーウを占領したドイツ人とキーウのサッカーチームが試合をして、勝ったがために選手が全員殺され「死の試合」として神話化された話(実際は全員ではなく、また試合と関係ないらしい)など、サッカーネタにも、苦汁の日々の記憶が滲んでいる。

ウクライナは何度も非常事態を経験しているのだ。

戦時となると、双方のプロパガンダもあり、情報に政治的意図のフィルターがかかると斜めに捉えてしまうが、本書はまだ戦争が起こる前のウクライナ民間人視点で、ロシアとウクライナの関係性や、ソ連から独立したウクライナ人のアイデンティティが綴られていて興味深い。

1500年以上の歴史をもつキーウの名所旧跡を歩く散歩ガイドの項など、現在の報道映像と照らすと胸が痛む。「ウクライナがどんなところかご存知ですか」と作者は語りかけてくる。

作者は故郷ウクライナのイメージは、どこまでも続く麦畑と原野だという。のびのびとした牧歌的な人々が紹介される本故に、隣接国が侵略してくる今回の戦争が、人々から何を奪ったのか皮肉にも浮き上がらせている。

どこまでも続く麦畑と、北の大自然、そして美しいキーウの街を平穏に歩ける日々が訪れることを願ってやまない。


 『ウクライナから愛をこめて
  オリガ・ホメンコ [刊]
  群像社[刊]

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


 『翻訳者による海外文学ブックガイド2 BOOKMARK
  金原瑞人/三辺 律子[編]
  CCCメディアハウス[刊]

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


ニューズウィーク日本版 大森元貴「言葉の力」
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月15日号(7月8日発売)は「大森元貴『言葉の力』」特集。[ロングインタビュー]時代を映すアーティスト・大森元貴/[特別寄稿]羽生結弦がつづる「私はこの歌に救われた」


建築
顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を持つ「異色」の建築設計事務所
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

SBI新生銀行、東京証券取引所への再上場を申請

ワールド

ルビオ米国務長官、中国の王外相ときょう会談へ 対面

ビジネス

英生産者物価、従来想定より大幅上昇か 統計局が数字

ワールド

トランプ氏、カナダに35%関税 他の大半の国は「一
あわせて読みたい

RANKING

  • 1

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 2

    「SNSで話題の足裏パッドで毒素は除去されない」と専…

  • 3

    加工した自撮り写真のように整形したい......インス…

  • 4

    2100年に人間の姿はこうなる? 3Dイメージが公開

  • 5

    キャサリン妃の顔に憧れ? メーガン妃のイメチェンに…

  • 1

    加工した自撮り写真のように整形したい......インス…

  • 2

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 3

    「SNSで話題の足裏パッドで毒素は除去されない」と専…

  • 4

    カーダシアンの顔になるため整形代60万ドル...後悔し…

  • 5

    キャサリン妃の顔に憧れ? メーガン妃のイメチェンに…

  • 1

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 2

    「SNSで話題の足裏パッドで毒素は除去されない」と専…

  • 3

    加工した自撮り写真のように整形したい......インス…

  • 4

    なぜメーガン妃の靴は「ぶかぶか」なのか?...理由は…

  • 5

    人肉食の被害者になる寸前に脱出した少年、14年ぶり…

MAGAZINE

LATEST ISSUE

特集:大森元貴「言葉の力」

特集:大森元貴「言葉の力」

2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る