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妊娠22週で、胎児は思考力や感覚を持つ? 「妊娠中絶の罪」を科学から考える

ABORTION AND SCIENCE

2022年06月30日(木)18時24分
デービッド・フリードマン(科学ジャーナリスト)

人種間の格差の解消も大きなカギに

一方で、ある研究によれば、早産児の予後を(少なくともアメリカでは)大幅に改善できる方法がもう1つ考えられる。それは医療そして医療をめぐる社会環境における人種間の格差を解消することだ。

20年に米国科学アカデミー紀要(PNAS)で発表されたミネソタ大学などの研究によれば、アメリカにおける黒人の新生児の死亡率は白人の3倍。一方で、黒人の医師が担当した場合の死亡率は、白人医師が担当した場合の半分だったという。

新生児の死亡原因の多くは早産だが、この研究では死亡率の違いの背景までは分析していない。だが人種的・文化的な偏見を減らせば早産児の予後はよくなる可能性は高いと考える専門家は多い。

「人種問題は、診断から帝王切開を行うかどうかの決断までありとあらゆる要素に内在している」と、ボストン医療センターの産婦人科医で格差問題に取り組んでいるテジュモラ・アディゴーケは言う。「だから人種は予後に大きく関わる要因だ」

例えば出産前の母親にステロイドを投与すると、超早産児の予後は非常によくなる。だが、母親がハイリスク妊婦であることを医師が把握できていなければ、この知識は役に立たない。つまり医師は、妊婦の訴えにきちんと耳を傾けなければならないわけだ。だが、黒人の妊婦の訴えに対する医師の対応不足を指摘する研究は数多い。

さらに、黒人の妊婦は白人に比べて低所得者のためのセーフティーネットとして機能している病院(得てして予算不足だ)にかかることが多い。こうした病院では一般的に早産児の生存率が低い。背景には、超早産児の救命に取り組んでいない施設が多いとみられることが挙げられる。

また、黒人の妊婦は栄養面や健康面でのアドバイスを受ける機会が少なく、居住する地域でも妊婦向けの支援が充実していない傾向がある。「女性たちが安全で、必要な運動をしたり十分な栄養を取れる環境にいるかどうかは、われわれがどのように地域社会を建設していくかに関わる課題だ」とアディゴーケは言う。

医療と社会が今後、こうした格差問題にうまく対応できるかどうか(少なくとも問題に真剣に取り組むかどうか)はまだ分からない。だが胎児が子宮外で生存できる分岐点を21週以前に前倒しするには生物学的な高い壁があり、22週で生まれた超早産児の予後の向上も容易ではないとなれば、格差解消こそ早産児の生存率を向上させる最も確実な方法と思えなくもない。

つまりロー判決が覆された今、中絶の権利が守られる時期を胎児が子宮外でも生存可能になる前と設定している18州は、女性の権利と健康と、胎児の権利のバランスを取るため、医療のみならず複雑で多様な課題に取り組んでいかねばならないということだ。

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