誤解されてきた「R&Bの女王」 ティナ・ターナーの実像とは
New Tina Turner Doc Is a Must-Watch
ティナ・ターナーの素晴らしさはステージを見れば一目瞭然(新作のワンシーン、1976年) COURTESY OF RHONDA GRAAM/HBOーSLATE
<貧しい幼少期からデビュー、夫の暴力と離婚、奇跡のカムバックまで「R&Bの女王」の新しい自伝的映画は必見>
世界屈指の人気ライブパフォーマーとして人生の大半を過ごしてきたティナ・ターナー。だが奇妙なことに、そのの実像は一般のファンに必ずしも正確に伝わっていなかったような気がする。
本人のせいではない。彼女はこれまでに自伝2冊と自伝的要素の強い自己啓発書1冊を書き、ハリウッド映画やブロードウェイミュージカルの題材となり、今も世界で最も注目されるインタビュー対象の1人であり続けている。
それでも長い間、ポップカルチャーの世界に流布する彼女の伝説には、どこか違和感があった。キャリアの初期は1人のティナではなく、アイク&ティナ・ターナーというR&Bの「ファーストカップル」として扱われた。
1980年代には夫アイクと別れ、ひどい虐待を受けていたと告白。ソロ歌手として並外れたキャリアを築き、逆境に立ち向かう勇気と強さを持つスーパーヒーローとして称賛されたが、この成功も公私にわたるアイクとの関係を強調し過ぎる語り口に拍車を掛けた面があった。93年の自伝的映画『TINA ティナ』はその典型だろう。
だがケーブルテレビ局HBOの素晴らしい新作ドキュメンタリー『ティナ』(監督はダン・リンゼーとT・J・マーティン)によって、この描写の偏りがようやく是正されたような気がする。この作品は、筆者が近年見た中で最高の音楽ドキュメンタリーの1つだ。描写の率直さと温かさに何度も心を奪われた。
ドキュメンタリーの形式という点では、決して画期的な作品ではない。映画はほぼ時系列に沿って進み、過去の記録映像とティナ自身を含むインタビューで構成されているのもスタンダードだ。
しかし、この作品には独特の安定感と雄弁さがある。彼女の魅力が何であるかを的確に把握しているので、センセーショナルな印象を与えることなく、深い洞察と親しみやすさがさりげなく同居する力作に仕上がっている。