最も不安に駆られるのは大卒者 脳が不安に支配されるのはなぜ?
THE ANXIOUS BRAIN
脳の回路に注目する新説と、それを研究するための新たな方法の登場は、神経科学の研究者に衝撃を与えた。しかし、不安の軽減が期待される新しい治療法はまだ開発できていない。画期的な抗不安薬は、1980年代に登場したプロザックなどのSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が最後だ。
「この分野は長期間、停滞が続いてきた」と、ボストン大学教授の心理学者ステファン・ホフマンは言う。「(SSRIの後は)目立った進展がない」
現行の不安治療をめぐる厄介な真実は、その大半が有効性を証明できていないことだ。患者の75%は治療の過程で症状が「かなり改善」するが、どの程度までが治療の効果で、どの程度がプラシーボ(偽薬)効果なのか、専門家も分かっていない。不安の抑制効果がある薬は、望ましくない副作用を伴う傾向がある。患者の25%がどんな治療にも反応しない理由も謎だ。
「当てずっぽう」な方法に頼る
問題の1つは、精神障害の診断と分類のための適切な方法がないことだ。70年近く前から、臨床医のための診断基準は患者の症状をさまざまな疾患に分類する米国精神医学会の『精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM)』だった。だが専門家の多くは、脳科学の進歩につれてDSMは時代遅れになったと考えている。
(DSMでは)1つの疾患に30〜40種類ほどの症状のリストがあり、そのうち4〜5種類の症状しか合致しないのに診断を下さざるを得ないケースが多い」と、最新版のDSM-5の改訂に関わったホフマンは言う。「鬱や全般性不安障害に見られる症状の組み合わせはとてつもなく多い。同じ診断区分に入れられる患者の中には、実にさまざまな人がいる。表面上は同じに見えても、根底にある問題は全く違う可能性がある」
メンタルヘルス専門家の間では、診断の「システム」を変更する必要があるという幅広い合意ができていると、ホフマンは指摘する。だが実際にアプローチを変えるまでには、長い時間がかかりそうだ。
いずれは遺伝学、神経科学、神経イメージングといった分野から、臨床医たちが個々の患者に合った治療法を選ぶ手助けになる方法がもっと出てくるはずだと、米国立精神衛生研究所(NIMH)の神経科学者、ダニエル・パインは言う。症状別に分類する、より具体的で新しい方法を見つけることが重要な第一歩だ。
不安治療の新薬を見つけることに 関しては、製薬業界は特定の回路や一部の回路をターゲットにした創薬技術に、脳の不安のメカニズムに関する新たな学識をまだ組み込んでいない。大部分は試行錯誤の「当てずっぽう」なやり方に頼っていると、ソーク研究所のタイは言う。近年では多くの製薬会社が、脳内の不安のメカニズムの複雑さに尻込みし、研究開発費を削っている。「今は脳と体をひたすら薬漬けにしている。薬を全身投与すれば、循環系によって全身を巡り、血液脳関門を突破し、神経回路の塊である脳を薬のスープに浸すことになる」
すると、正反対の作用をするものも含めて数多くの回路が活性化する。「そうなれば、結果は2つ。1つはゼロサム効果で、正反対の作用をする神経細胞同士が相殺し合う。薬が効かない患者がいるのはそのせいかもしれない」とタイは言う。「もう1つは非特異的効果。ターゲットにしたいものとは全く違う作用をする多くの神経細胞がターゲットになり、その結果、望ましくない副作用が出てしまう」
その典型的な例がクロノピン、ザナックス、バリウムといったベンゾジアゼピン系抗不安剤だと、タイは指摘する。これらの薬は主要な神経伝達物質を減少させて脳の不安中枢の活動を抑えるが、それ以外の部位の活動も抑制する。そのため過鎮静、運動機能低下、呼吸抑制、認知障害などの副作用が起きる恐れがある。
それでもタイは楽観的だ。不安などの精神障害に関係している回路を全て突き止めれば、特定の回路に合わせて神経機能の遺伝子配列を操作し、その回路の特徴を突き止めることが可能になる。そうなれば、より的を絞った新薬が開発できる。だが、科学者たちが脳の回路の大部分について詳しく解説し、特徴を明らかにするには5〜10年かかるだろう。
そんなに待てないという人には選択肢がいくつかある。SSRIやベンゾジアゼピン系の薬に加えて、認知行動療法などの心理療法的アプローチもネガティブな行動と感情に拍車を掛ける考え方を特定し、それらを変えるのに役立つ。研究によれば、運動なども不安解消に効果があるという。