赤肉好きが歓喜した「好きなだけ食べてもいい」説は本当か!?
The Red Meat War
それでもゼロではない。フーにとっては、それで十分だ。フーは医薬品の試験のような厳格な基準を栄養学の疫学調査に適用することに疑義を唱える。
フーをはじめハーバードの専門家に言わせると、「赤肉を好きなだけ食べてもいい」という見解は、医師の心得とも言うべき有名なヒポクラテスの誓いにある、「何よりもまず、患者に害を与えるな」に反する。
赤肉を控えても、癌で死ぬリスクはほとんど変わらないかもしれない。だが赤肉の過剰摂取は心臓病や糖尿病などとの相関性も認められている。「体に悪いと思ったら、その習慣を止めるのが医師の務めだ」と、フーは言う。「たとえエビデンスがさほど強固でなくとも」
しかも今回の新論文に関しては、研究チームが精肉業界から資金提供を受けていたことが後に発覚している。
医薬品の臨床試験のような「無作為化比較対照試験」を行えば、赤肉の健康リスクがより明確に裏付けられる可能性も否定できない。食品の健康リスクについて、こうした厳密な疫学調査が行われないのは研究者が無能だからではない。多数の被験者に一定の生活習慣、特に食習慣を強いることは難しいし、倫理的にも問題があるからだ。
情報に踊らされないで
「科学的証拠のルールは物理学でも栄養学でも同じだ」と主張する専門家もいるが、理屈の上ではそのとおりでも、これは机 上の論理にすぎない。物理学や化学の実験と同じように、人体で「実験」を行うことなど不可能だ。それでも多くの人は、 「べーコンは体に悪い」と言われたら、それを信じ込む。
栄養学の疫学調査の問題点は、調査方法にあるのではなく、調査結果が一般の人にどう伝えられるかにあるのかもしれない。
ある食品が体に悪い(良い) といった論文が発表されると、メディアはそれに飛び付いて大々的に喧伝し、人々は誇張された話に踊らされる。実際には大規模なサンプルでごくわずかな有意差が認められただけで、あなた個人にとってどうかは簡単には判断できないのに......。
私たちに必要なのは食と健康情報の「賢い受け手」になること──それが赤肉論争から学べる最大の教訓だ。
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[2019年10月29日号掲載]