台本なしの自然界をそのまま。アフリカ系女優がナビする動物ドキュメンタリー
Being the “Voice of God”
――このドキュメンタリーはセレンゲティの動物たちの家族関係を探っている。あなたはそれをどう受け止めた?
オスとメスの結び付きや力関係がむき出しの形で現れる。例えば、メスのチーターは1頭で生きていく。どんな困難も自力で克服しなければならない。その孤高の生に心を揺さぶられる。
対照的なのがライオンで、メスのライオンは群れで暮らす。とはいえ彼女たちが果たす役割もすごい。狩りをして、獲物を捕らえるのはメスの仕事。オスは彼女たちをほかのライオンの群れから守る役目をする。
オスもメスも生き延びて繁殖するために欠かせない役割を担っている。オスとメスが生存のために協力し合う姿には深い感動を覚える。オスが守ってくれなければ、メスは家族のために獲物を捕ることができない。
ライオンがライオンの敵になり得るという事実はショッキングだった。(映像を)見ているうちに(黒人女性のSF作家)オクティビア・バトラーの「ゼノジェネシス」3部作を思い出した。あの作品では、さまざまな形で人間が人間の最 悪の敵になる。ある意味で、ライオン同士でも同じ悲劇が起きる。突き詰めれば、時には自分と同じ種が自分の最悪の敵になり得る。あまりに理不尽だけど。
――自然もののドキュメンタリーで女性がナレーターを務めるのは珍しい。
とても誇りに思っている。ただ、この仕事を引き受けたときは、そんなふうには考えていなかった。私が思ったのは、「(BBCの自然ドキュメンタリーで知られる)デービッド・アッテンボローになれる!」ということ。誰だってそんなチャンスには飛び付く。
アフリカ出身ではない人たちがナレーターを務める、アフリカを舞台にしたドキュメンタリーを数多く見てきたから、これは初めての試みだと思った。少なくとも私にとっては。アフリカ人がナレーションをやるスタイルのドキュメンタリーは見たことがなかったから、すごく新鮮だし、ワクワクするような試みだと思った。アフリカ人である私が、自分の育った土地について語るのだから。
シリーズでは毎回、冒頭でこんなナレーションが流れる。「アフリカについては多くの物語が語られてきましたが、これは私たちの物語です」
これはまさに私の実感。「インクルージョン(多様な人々を包摂すること)」の波がついに私の所まで来て、私の声を通じてこの物語を人々に聞いてもらえると思うと感無量だ。
――これからもこうした仕事に挑戦したい?
もちろん! 制作プロセスがとても楽しかったから。
現地に行って観察する。自然の掟に逆らわず、じっと見守るだけ。台本なんてない。事前に準備なんかできない。動物たちが彼らの物語を語ってくれて、スタッフがそれを1本にまとめる。まさにそんな感じだった。
――『セレンゲティ』を見て、視聴者に感じてほしいことを1つだけ挙げるとすれば?
私たちとここに出てくる動物たちの距離は思っていたよりはるかに近い、ということ。私たちも動物たちの世界の一部であり、動物たちも私たちの世界の一部なのだと実感してもらえたらいい。
※9月24日号(9月18日発売)は、「日本と韓国:悪いのはどちらか」特集。終わりなき争いを続ける日本と韓国――。コロンビア大学のキャロル・グラック教授(歴史学)が過去を政治の道具にする「記憶の政治」の愚を論じ、日本で生まれ育った元「朝鮮」籍の映画監督、ヤン ヨンヒは「私にとって韓国は長年『最も遠い国』だった」と題するルポを寄稿。泥沼の関係に陥った本当の原因とその「出口」を考える特集です。
[2019年9月10日号掲載]