最新記事

天才

心の病が彼らを偉大にした

2013年8月8日(木)18時08分
ジョシュア・ケンドール

 OCPDの人はのんびり休むことができない。倒れるまで働く。「家で過ごす。体調すぐれず。家の中であれこれ働く。やることはキリなくある。怠けるわけにはいかない。さびつくくらいなら、擦り切れるほうがましだ」──会社を創業して4年後の1880年、35歳だったハインツは日記にこう書いている。

 ハインツは目にしたものを何でも計測する癖があった。いつもスチール製の巻き尺を持ち歩き、建物の入り口などを測っては、意味もなく記録する。

 このような数字へのこだわりが、アメリカの広告史上最も長持ちしたキャッチフレーズの1つ「57種のバラエティー」を生み出した。このフレーズを打ち出した当時、ハインツ社は既に60種以上の製品を出していたが、ハインツは7という数字に妙に執着したのだ。彼は過労のため何度も精神に異常を来し、50代初めにはやむなく経営の第一線から身を引いた。

奇行を美化する伝記

 子供の頃から10という数字に執着し、デューイ10進分類法を考案したメルビル・デューイも、働き過ぎのために早期の引退を余儀なくされた。今でも世界の150近い国々の図書館で採用されているこの分類法のオリジナル版を彼が発表したのは1876年。まだ24歳の若さだった。

 それから四半世紀、彼は次々に重責を担い、図書館司書、実業家、編集者と2つか3つの仕事を兼務することも多かった。1884年にはコロンビア大学に開設された世界初の図書館学校の校長に就任。同時に2人の速記者に別々の原稿を口述筆記させたという冗談のような逸話も伝えられている。

 最終的にデューイは、性的な衝動で墓穴を掘ることになった。アメリカ図書館協会の4人の著名な女性メンバーがセクハラ被害を申し立て、彼は1905年に同協会から追放された。

 飛行家のチャールズ・リンドバーグも秩序にこだわり、過剰な性欲に悩まされた。厳格な父親だった彼は5人の子供とは年に2カ月程度しか顔を合わせなかった。だが暴力ではなく、詳細にわたる記録によって、妻子を絶対的な支配下に置いた。彼が子供たちの「違反行為」を逐一書き留めたメモには、ガムをかんだことまで書かれている。

 妻でベストセラー作家のアン・モロー・リンドバーグには家計簿を付けさせ、15セントのゴムひも代まで記帳させた。

 50歳を過ぎると、セックス依存の欲求を満たすことが、この名だたる飛行家の情熱のすべてとなる。彼はドイツ人の3人の「妻たち」の元に通うため、頻繁に大西洋横断飛行を繰り返した。

 こうした奇行を美化する伝記には事欠かない。第三者には無意味と思える数字を記録するハインツの衝動について、「(彼は)把握し記録すべき統計データを日記に情熱的に記入した」と書いた伝記もある。別の伝記作家は、ハインツを「トマス・エジソンのような科学者」と持ち上げた。

 リンドバーグが世界初の大西洋横断飛行に成功したとき、当時のニューヨーク州知事は「彼は......私たちが望むすべて、まさに理想的な若きアメリカ人だ」とたたえた。今でも、こうした見方をしている人は多い。

 私たちアメリカ人はヒーローが好きなのだ。私は著書で彼らの人格的な欠陥を指摘したが、その偉大な業績にミソを付ける気はない。むしろ彼らがどうやってそれを成し遂げたか、その原動力を明らかにしたかった。そして、その源に潜むかすかな狂気に迫ろうとした。

[2013年7月16日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ

ワールド

米、ロシアが和平合意ならエネルギー部門への制裁緩和

ワールド

トランプ米政権、コロンビア大への助成金を中止 反ユ

ワールド

ミャンマー軍事政権、2025年12月―26年1月に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 5
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 10
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中