最新記事

天才

心の病が彼らを偉大にした

スティーブ・ジョブズやエスティ・ローダーら多くの天才に苦痛と成功をもたらした強迫性人格障害という「繊細な狂気」

2013年8月8日(木)18時08分
ジョシュア・ケンドール

尽きぬ執念 アップル草創期のウォズニアックと自分の映像を背景に、タブレット型端末iPadを発表するジョブズ(10年1月) Kimberly White-Reuters

 その男は汚れが許せなかった。84年にカリフォルニア州フリーモントに初めて自社工場を建てたときは、床にはいつくばってゴミがないか目を凝らし、機器のほこりにも神経をとがらした。

 当時マッキントッシュを世に出そうとしていたスティーブ・ジョブズにとって、異常なまでの潔癖症は工場管理に不可欠な資質だった。「完璧な清潔さを保てないようでは、すべての機械を順調に稼働させることなどできない」と後に回想している。

 この恐るべき完璧主義者は誤植も目の敵にした。ピクサーのマーケティング部長パメラ・カーウィンによると、アップルを追われたジョブズはピクサーの経営に当たった時期、「すべての文書を何度も念入りにチェックし、コンマの位置など些細なミスをいちいち指摘した」。

 少しでも自分のやり方と違うと、怒り狂うジョブズ。彼は気難しく理屈っぽい上司で、人の気持ちを理解しなかった。だが自分のやりたいこと、つまり「とんでもなく素晴らしい製品」を生むことには極度に集中した。

 優れた頭脳と粘り強い努力だけでは足りないのだ。ジョブズのように桁外れの成功を収めるには、それに加えてXファクター──すさまじいまでの執念が求められる。多くの場合、それは狂気とすれすれの衝動だ。

 文学や美術の分野では、時として心の病気が創作の原動力となる。このことは何十年も前から指摘されてきた。臨床心理学者のケイ・レッドフィールド・ジャミソンはその著書で著名な作家や画家や音楽家の「繊細な狂気」について論じている。

 ジャミソンが取り上げた病気は躁鬱病(双極性障害)だが、芸術家には鬱病も多い。

細部への異常な執着心

 しかし芸術家に心を病んだ人が多いことは広く知られていても、実業界やスポーツ界で華々しい成功を遂げた人たちにも精神疾患を抱えた人が多いことはあまり知られていない。

 拙著『アメリカズ・オブセッシブズ』では、多様な分野で病に駆り立てられながら道を切り開いた人々を取り上げている。ハインツの創業者でマーケティングの天才ヘンリー・J・ハインツ、図書館の分類法を打ち立てたメルビル・デューイ、飛行家のチャールズ・リンドバーグ、美容帝国を築いたエスティ・ローダーといった人たちだ。

 これらの人々も時には抑鬱状態に陥ることがあったが、彼らに苦痛と成功をもたらしたのは主に強迫性人格障害(OCPD)だ。OCPDの患者は秩序や清潔さに異常にこだわり、細かな事柄に執着する。仕事に猛烈に打ち込み、あらゆる面で采配を振り、自分のやり方を通さなければ気が済まない。

 OCPDと強迫性障害(OCD)とは似て非なる疾患だ。OCDの患者はある考えに取りつかれて何もできなくなるが、OCPDはある考えに取りつかれて過度に活動する。

 ジョブズは集中治療室に入院中も、酸素マスクをむしり取り、デザインが悪いから今すぐ改良せよと医師に迫った。エスティ・ローダーは女性の肌が気になると、つい触ってしまう癖があった。エレベーターにたまたまた乗り合わせた見知らぬ女性の顔にまで手を伸ばしたほどだ。

 これほど1つのことに熱中すると、他の活動をする時間はほとんどなくなる。家族のこともそっちのけになりがちだ。50年代初め、ローダーには2人の男の子がいたが(2人とも今は大富豪の慈善活動家だ)、化粧品の売り込みで全米を回る彼女は子育てどころではなかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

新たな米制裁、ロシア経済に影響せず─プーチン氏=報

ワールド

EU、対ロシア制裁対象拡大 中国製油所など3事業体

ワールド

航空便の混乱悪化の恐れ、米政府閉鎖の長期化で=運輸

ワールド

JPモルガン、金の強気見通し維持 来年1オンス=5
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 2
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシアに続くのは意外な「あの国」!?
  • 3
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺している動物は?
  • 4
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 5
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 6
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 7
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 8
    「石炭の時代は終わった」南アジア4カ国で進む、知ら…
  • 9
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 10
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 10
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中