最新記事

アメリカ社会

「主婦」を自称したがるペイリンの魂胆

2010年11月19日(金)17時33分
ジェシカ・グロース

 歴史をさかのぼれば、「主婦」とはもともと、料理や掃除、子供の世話をする女性だけを指す言葉ではなかった。エバーグリーン州立大学のステファニー・クーンツ教授によると、経済活動の大半が家内工業や農業だった17〜18世紀は、いわば夫が社長、妻が副社長の役割を担っていた。妻の仕事に求められたのは、家庭で作ったものを市場で売りさばき、巧みな値段交渉で儲けを出す能力だった。

「ママ・グリズリー(母グマ)」を自称するペイリンやその仲間たちは、この昔の女性の役割を利用して、家計をやりくりする自分たちなら国家予算もお手の物だと主張している。

 男性が家庭の外で働き始めた19世紀には、主婦の仕事は夫が安らげる家庭を作ることに変化していったと、クーンツは言う。ベビーシッターや家庭教師もいることはいたが、子供に愛情を注いだりしつけを行うことは主に主婦の役割になっていった。

 女性は家庭に留まることで、カネ儲けの世界に汚されることなく働く夫を支えることができた。これが、ペイリンが「主婦」という言葉を使うときに思い描いているイメージだろう。純粋で家庭的で、新聞で読むような汚い社会とは一線を画した存在──。ペイリンの生き方がこれに当てはまらないことは言うまでもない。

そもそも「主婦」という語が時代遅れ

 フェミニズムの教祖的存在であるベティ・フリーダンは、63年の著書『新しい女性の創造』(邦訳・大和書房)のなかで、ホームドラマコメディー『うちのママは世界一』で女優ドナ・リードが演じたような良妻賢母の理想像を論破した。これに対し、保守派は主婦や結婚、子供をもつことについての価値観を守ろうと動き出した。

 しかし、女性は外で働くべきではないという50年代の価値観は、現在では時代遅れ過ぎて、保守派の間でさえ受け入れられるものではない。06年には25〜54歳の女性の約75%が職に就いていた(求職中も含む)。50年代後半は、この数値が40%だった。

 もしペイリンが主婦を自称することでリベラルな女性たちにけんかを売っているつもりなら、言葉選びを間違っている。「アラスカ出身の母親」なら共感を呼んだかもしれないが、「主婦」はまったくもってそぐわない。この言葉の響き自体、もう時代遅れであり、政治に利用できるものでもない。

「主婦」という語が番組名に使われているのも、なかば風刺的な意味合いを込めたもの。そんなリアリティー番組に出ている主婦の中には、オーラルセックスを楽しむために膣の中に砂糖を入れろとアドバイスする、ちょっとおかしな女性までいる。

 現実世界では、ジョーク以外に「主婦」を自称する女性なんてほとんどいない。今の世の中で文化戦争を仕掛けたいなら、「主婦」ではなく「母親」を使うべきだ。


Slate.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ベセント米財務長官、インドに対する追加関税撤廃の可

ワールド

米、嵐で16万戸超が停電・数千便が欠航 異常な低温

ワールド

市場の投機的、異常な動きには打つべき手を打っていく

ワールド

米ミネアポリスで連邦捜査官が市民射殺 移民取り締ま
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰に地政学リスク、その圧倒的な強みとは?
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 5
    「楽園のようだった」移住生活が一転...購入価格より…
  • 6
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 7
    「外国人価格」で日本社会が失うもの──インバウンド…
  • 8
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 9
    私たちの体は「食べたもの」でできている...誰もが必…
  • 10
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 1
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 2
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 3
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味を帯びる「超高齢化」による「中国社会崩壊」
  • 4
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 5
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 6
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 7
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 8
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 9
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 10
    韓国が「モンスター」ミサイルを実戦配備 北朝鮮の…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 7
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 10
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中