最新記事

アメリカ社会

中絶体験もつぶやきます

ツイッターやブログで中絶の一部始終を語る女性たち──個人的体験談が持つ力は「恥」の風潮を打ち破れるか

2010年4月20日(火)15時08分
セーラ・クリフ

 その人工妊娠中絶の模様を10万人以上が目にした。フロリダ州に住む1児の母アンジー・ジャクソン(27)は2月、経口中絶薬を服用した後の自分を撮影し、YouTubeで動画を公開した。

「1週間ほど前に妊娠が分かった」。ジャクソンは動画の中でそう語っている。「健康上のリスクなどさまざまな理由から、私は中絶をしている。今この瞬間に」

 中絶の詳しい経過はツイッターに書き込まれた。一体なぜそんなことを? 目的は「中絶を覆うベールを剥いで」「それほど悪いこと」ではないと知ってもらうことだと、ジャクソンは言っている。

 これまでのところ、最大の成果はメディアの関心を集めたことだろう。ツイッターで中絶を「中継」した女性の話題はアメリカだけでなく、オーストラリアなどでも報道された。ジャクソンには称賛と非難の声が殺到し、殺すという脅迫もいくつか舞い込んでいる。

 ツイッターという手段は新しいが、ジャクソンの目的自体は目新しいものではない。米連邦最高裁が中絶を女性の権利として認める「ロー対ウェード」判決を下したのは73年。以来、多くの女性が雑誌やブログで中絶体験を語ってきた。中絶を恥とし、隠すべきものとする風潮を変えるために。

 とはいえ中絶の汚名は社会においても、中絶をしたことがある女性たちの間でも消えていない。

 アメリカでは妊娠した女性の約40%が中絶をしている。だが作家のバーバラ・エーレンライクが指摘するように、「中絶権の擁護を明言する女性はわずか30%。驚くほど多くの女性が、かつて自分が行使した権利を他の女性に使わせまいとしている」。

権利の主張に結びつきにくい理由

 中絶体験を語る女性たちは「ベールを剥ぐ」ことに失敗したのか。何かを間違えたせいで? それとも語る努力が足りなかったせいで? 答えはその両方だ。

「ロー対ウェード」判決以前、あるフェミニスト団体は合法・非合法の中絶体験を語り合う活動を展開した。「世論を中絶合法化に傾ける上で重要な1歩だった」と、中絶権擁護運動に詳しいイースタン・イリノイ大学のジーニー・ラドロウ助教授(英文学)は評する。

 だが判決が出た後、体験談を語ることは二の次になった。連邦最高裁が認めた中絶の権利を守る戦いが始まったからだ。「73年以降擁護派は守勢に回っている」と、ラドロウは言う。「中絶の合法性や安全性を守ろうと力を尽くしているときに、中絶で傷つくこともあると語るのはとても難しい」

 おかげで擁護派は中絶をめぐる対話の主導権を失い、中絶のつらい側面を強調する反対派の声ばかりが聞こえてくるようになった。

 インターネットの登場で個人的体験談を簡単に公表できるようになった10年ほど前から、みんなで中絶について語ろうという動きは再び盛んになっている。中絶をテーマにしたブログが誕生し、中絶の体験談を募るオンラインフォーラムも生まれた。

 それでも多くの場合、中絶について語ることはタブーのままだ。その理由は中絶という行為の本質にあるのかもしれない。中絶はアイデンティティーを定義するものにも、コミュニティーを形成する要素にもなりにくい。

「同性愛者であれば、それが自分のアイデンティティーになる」と、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究者ケート・コスビーは指摘する。「だが中絶は自分がどんな人間であるかを決定するものではないため、権利を主張する行動になかなか結び付かない」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:軽飛行機で中国軍艦のデータ収集、台湾企業

ワールド

トランプ氏、加・メキシコ首脳と貿易巡り会談 W杯抽

ワールド

プーチン氏と米特使の会談「真に友好的」=ロシア大統

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 6
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 7
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 8
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中