最新記事

サイエンス

「量子もつれ顕微鏡」が「見ることができない」構造を明らかにする

2021年6月17日(木)18時30分
松岡由希子

量子もつれ顕微鏡のイメージ The University of Queensland

<豪クイーズランド大学と独ロストック大学の共同研究チームは、「量子もつれ」光子を用いて、従来見ることができなかった生物学的構造を明らかにする新たな顕微鏡の開発に成功した>

「量子もつれ」とは、2個以上の粒子が古典力学では説明できない異常な相関関係にある状態をさす。コンピューティングや通信、センシングなど、様々な領域でその活用が見込まれており、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)によると、2040年までに世界全体で860億豪ドル(約7兆3100億円)規模の産業になると予測されている。

「量子もつれ」光子を用いた顕微鏡

豪クイーズランド大学と独ロストック大学の共同研究チームは、「量子もつれ」光子を用いて、従来見ることができなかった生物学的構造を明らかにする新たな顕微鏡の開発に成功した。その研究成果は、2021年6月9日、学術雑誌「ネイチャー」で公開されている。

既存のレーザー顕微鏡は、ヒトの髪の毛の太さの1万分の1のレベルまで細密に観察できるが、太陽光の何十億倍も明るいレーザーを用いるため、ヒト細胞のように壊れやすい生体試料に損傷を与えてしまう。

そこで研究チームは、「量子もつれ」の特性を活用することでこの課題を解消しようと考えた。従来の顕微鏡では、写像性を改善するためにレーザー強度を上げてノイズを減らすが、レーザーを構成する光子の「量子もつれ」を用いることで、レーザー強度を上げることなくノイズを減少できる。

生体試料を損傷せず観察できる

研究チームは、数十億分の1秒の長さのレーザーパルスに光子を集中させることによって、従来用いられてきたものよりも1兆倍明るい「量子もつれ」を生成した。この「量子もつれ」レーザー光を顕微鏡に用いると、生体試料に損傷をもたらすことなく、写像性が35%改善し、感度が14%向上したという。

この「量子もつれ顕微鏡」と従来の顕微鏡で酵母細胞での分子の振動を実際に観察したところ、「量子もつれ顕微鏡」のほうが、細胞内で脂肪が蓄積している領域や細胞壁をより鮮明に捉えた。

研究論文の責任著者でクイーンズランド大学のワーウィック・ボーエン教授は、この「量子もつれ顕微鏡」がもたらす利点について「生体系のさらなる解明や診断技術の改善に大いに役立つ」と期待を寄せている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、イエメンのホデイダ港に空爆 フーシ派へ

ワールド

海外映画関税はまだ最終決定前、全ての選択肢検討=ホ

ワールド

米、開発資金巡る改革案に反対意向=国連会議草案文書

ワールド

ドイツ保守連合・社民が連立協定に署名、メルツ氏6日
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 3
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1位はアメリカ、2位は意外にも
  • 4
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 5
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 6
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 7
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 10
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中