最新記事

テクノロジー

世界一を狙わなかったスパコン富岳が、結果的に世界4冠を獲得できた意外な理由

2021年4月25日(日)19時10分
小林雅一(作家・ジャーナリスト、KDDI総合研究所リサーチフェロー、情報セキュリティ大学院大学客員准教授) *PRESIDENT Onlineからの転載

富岳の成功は、「スパコンの戦艦大和」と呼べる京への反省から生まれた Reuters-YouTube


新型コロナウイルスの飛沫感染のシミュレーションなどですっかりお馴染みになった国産スーパーコンピューター「富岳」。KDDI総合研究所リサーチフェローの小林雅一さんは「富岳は『スパコンの戦艦大和』ともいえる先代スパコンの『京』への反省から生まれた。計算速度ではなく使いやすさや実用性を重視した結果、首尾良く世界一になれた」という――。

※本稿は、小林雅一『「スパコン富岳」後の日本 科学技術立国は復活できるのか』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

京への反省から生まれた世界一の国産スパコン「富岳」

現在、世界で稼働している数多のスパコンの頂点に立つ富岳は、日本のいわゆる国策プロジェクトの結果として生まれた。国策という言葉は近年、「国策捜査」などあまり良い意味では使われないが、ここでは字義通り「国が決定する政策」と理解しておこう。あるいは国家プロジェクトと呼んでもいいだろう。

要するに巨額の国家予算を投入した分、それに見合うだけの成果、つまり我が国の科学・産業振興に広く貢献することが求められている。これが富岳に課せられたミッションだ。

この富岳には、その一つ前の国策スパコンとして、同じく理研・富士通によって開発された京が複雑な影を落としている。

2009年、当時の民主党政権下で進められた事業仕分けの過程で、開発途上にあった京が槍玉に挙げられた。総額1100億円以上もの予算を使って、世界一の計算速度をめざす京の開発計画に対し、蓮舫参議院議員が「2位じゃダメなんですか?」と質したのだ。

置かれた立場に応じてさまざまな見方もあろうが、少なくとも「スパコン」や「(原子核・素粒子)加速器」のような巨大科学の必要性をあらためて問い直す、本質的な問題提起だったことは間違いない。

「高性能だが使いにくい」京の悪評

これを受けて京の開発計画はいったん凍結されるかに見えたが、日本の歴代ノーベル賞受賞者らが緊急記者会見を開いて懸念を表明するなど、科学界を中心に猛反発が巻き起こった。世論も科学者側に傾いたと見た当時の鳩山内閣は事実上の予算復活を認め、京の開発プロジェクトは続行した。

まだ完成前ではあったが、基本性能の測定が行われた京は(目標とする毎秒1京回の浮動小数点演算に若干足りない)8162兆フロップスの計算速度を記録し、スパコンのTOP500で11年6月と11月の2期連続で1位に輝いた(後に本来の目標である毎秒1京回の計算速度も達成している)。そして翌12年には完成し、神戸市にある理研・計算科学研究センターで稼働を開始した。

しかし実際に運用が開始されて以降の京は「高性能だが使いにくい」という評判に悩まされた。これは当時、非主流の「SPARCスパーク」と呼ばれるアーキテクチャ(基本設計)を採用していたため、産業界で幅広く使われている一般的なアプリケーション・プログラムが京の上では使えなかったことなどが一因となっている。

このため京の運用開始当初は産業利用枠が5%程度に止まり、その後もあまり伸びなかった。19年8月、京は7年間の運用を終えたが、このマシンを利用した企業の総数は最終的に100社程度、また京から派生した富士通製スパコンの販売台数も数十システムに止まったと見られている。

以上の点から見て、京は大学の研究者らの間では科学技術計算の基盤として十分に活用されたが、本来、国策プロジェクトに課せられた「日本の産業を振興する」という目的は十分に果たせなかったようだ。

計算速度よりも「使いやすさ」「実用性」を重視した富岳

富岳は、こうした京に対する反省から生まれた。「ポスト京(後の富岳)」の開発プロジェクトが正式にスタートしたのは14年4月だが、以来、単なる計算速度よりも「使いやすさ」や「実用性」を重視した設計開発が進められたのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

COP30、米国離脱でも多国間主義の機能を示す=国

ワールド

米議員の株取引禁止する法案、超党派グループが採決を

ビジネス

米FRB、コロナ禍対応による損失局面が転換か 繰延

ワールド

米、貿易休戦維持のため中国国家安全省への制裁計画中
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 3
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 4
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 10
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中