最新記事

菌類

ハチ激減から世界の農業を救うキノコの秘めた力

Could Mushrooms Save the Bees?

2018年10月29日(月)16時00分
アビー・インターランテ

ミツバチの激減は養蜂家ばかりか農家にも大打撃を与える。専門家もお手上げだったウイルスの駆除に、キノコが威力を発揮しそうだ ERIC TOURNERET/GETTY IMAGES

<霊芝と暖皮から採ったエキスに、ハチを衰弱させる厄介なウイルスを撃退する効果があることが明らかに>

近年、ハチのコロニー激減が大きな問題になっている。作物の受粉を媒介するハチが姿を消せば、世界の農業が大打撃を受ける。なぜハチは減っているのか。ダニや農薬、生息地の減少など複数の要因が絡んでいるとみられるが、ウイルスによる感染症も重大な要因の1つだ。

何とかしてハチの個体数を回復させようと、研究者たちが知恵を絞るなか、意外なものが注目を集めている。キノコの持つ強力な薬効だ。

ワシントン州立大学と米農務省を中心とする共同研究チームが、キノコの抽出物を砂糖水に混ぜてハチに与えたところ、コロニーをむしばむウイルスが劇的に減少した。この研究は10月初め、英科学誌ネイチャー系のオンライン誌サイエンティフィック・リポーツで発表された。

研究チームが調べたのは、ハチの大量死の原因となる2つのウイルス、チヂレバネウイルス(DWV)とレイクサイナイウイルス(LSV)だ。どちらのウイルスも、ハチが感染すると飛行時間が半分近くに減り、受粉能力と免疫力が低下する。感染したハチが止まった花もウイルスに汚染され、花を媒介して感染が広がることもある。

「ハチの大量死を招くウイルスには専門家もお手上げだったが、キノコの抽出物で劇的に減らせることが分かった」と、論文の筆頭執筆者で菌類学者のポール・スタメッツは本誌に語った。

スタメッツらが使用したのはマンネンタケ科の霊芝(れいし) と、サルノコシカケ類から採れる海綿状の物質である暖皮(だんぴ、アマドゥ)。この2種の菌糸の抽出物を1%の濃度で砂糖水に混ぜ、飼育下と野生のハチに与えた。

暖皮の抽出物を与えた飼育下のミツバチのコロニーは、砂糖シロップを与えた対照群と比べてDWVの感染率が800倍以上、野生のミツバチの場合は44倍低下した。霊芝の抽出物では、LSVの感染率がなんと対照群の4万5000倍も低下した。

「免疫系を調整する働きが高まったためと考えられるが、感染率低下の詳しいメカニズムはこれから突き止めたい」と、スタメッツは言う。「ほかにも試してみたいキノコが多くある」

来年の夏の終わりまでに養蜂家向けにキノコの抽出物を商品化したいと、スタメッツは考えている。「テネシー州では昨年の冬から今年の春にかけて商用のミツバチのコロニーが約74%減った。経済的損失は甚大だ」

ハチはもちろん、養蜂家や農家を救うためにも、キノコの秘めた力が頼りになりそうだ。

[2018年10月30日号掲載]

20250408issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月8日号(4月1日発売)は「引きこもるアメリカ」特集。トランプ外交で見捨てられた欧州。プーチンの全面攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは149円後半へ小幅高、米相互関税警

ワールド

米プリンストン大への政府助成金停止、反ユダヤ主義調

ワールド

イスラエルがガザ軍事作戦を大幅に拡大、広範囲制圧へ

ワールド

中国軍、東シナ海で実弾射撃訓練 台湾周辺の演習エス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中