インドネシア人スタッフは国際人権団体などにも相談した。人権団体側は、名前を出せば命の危険もあると警告した。とりわけ危険なのは、この作品が大虐殺の加害者と現在の支配層の関係を暴いたこと。そこで共同監督以下、60人を超えるスタッフの名をクレジットには入れないことにした。
大きな決断だった。名前を隠せば映画祭に出席することも、賞を手にすることもできない(この作品は既に35の賞を受賞している)。それでも実名を出すのは危険過ぎた。祖国の過去を明らかにするため、スタッフは大きな代償を払った。
殺人者の子孫が今も政府の中枢に
匿名の共同監督は、国内で上映の手はずを整える役割も果たした。政府の検閲機関に作品を見せず、民兵組織や警察に脅されても各地で上映会を続けた。
上映会の主催者が「殺す」と脅されたことも2度ある。映画を支持する記事を掲載した新聞社の幹部が暴行されたこともあった。昨年10月、ジャワ島ジョクジャカルタで遺族が催した集会は反共産主義者の襲撃を受け、少なくとも3人が負傷した。
だが、この作品は新たな対話も生んでいる。匿名の共同監督によれば、被害者の遺族が加害者の家族と会い、半世紀近く前の犯罪について語り合ったという。事件を話題にする人も増えてきた。
それでも政府は沈黙を守っている。「当局者が映画を見ていないはずはない」と、ドキュメンタリー作家のダニエル・ジブは地元紙に書いた。「見て見ぬふりを決め込んでいるようだ」
人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンドレアス・ハルソノによれば、今の政治状況で危ない橋を渡るわけにいかないことをスタッフは知っていた。「当時の加害者の息子や親戚が、政府にも地方自治体のトップにもたくさんいる」と、ハルソノは言う。「インドネシアは殺人者の子孫が支配する国と言ってもいい」
殺人者とのつながりは、現大統領のスシロ・バンバン・ユドヨノにも及ぶ。彼はジャワ島とバリ島で虐殺を指揮したサルウォ・エディ・ウィボウォ特殊部隊司令官の娘婿だ。
ウィボウォは死期が迫った89年、見舞いに訪れた議会使節団に、虐殺の対象者は少なくとも300万人に上ると語った。彼の息子で、ユドヨノの義弟に当たるプラモノ・エディ・ウィボウォは、今年の大統領選に出馬するとみられている。