「ごめんなさい」を上手に言える...謝れる子供になる6つのステップ
I’M SORRY I DID THAT
お手本の効果は絶大だから、大人はやるべきことをきちんとやらなければならない。自分が謝るところを子供たちに見せるのだ。配偶者やウエートレスに対してもそうだし、友人の話を途中で遮ってしまったときや、足下にいたネコに爪先を引っかけてしまったときもそうだ。必要なときにきちんと謝ることのできる人々に囲まれて育った子供は、謝罪のことを敵に囲まれて責め立てられ、意味も分からず強いられる拷問のように感じることはないだろう。
「わざとやったんじゃないもん!」がいつも通用するとは限らないことを理解するのは、子供にとっては並大抵のことではない。でも窓ガラスを割ってしまったとか、誰かの手を踏んづけてしまったとか、リビングルームでマンゴー味の自家製コンブチャを容器ごとぶちまけてしまったりしたら、わざとやったわけでなくても謝らなければならない。窓ガラスの修理代を誕生日にもらったお小遣いから払うとか、床掃除をする必要にも迫られるかもしれない。
なぜ悪いのかを理解させる
多くの場合、子供は自分には悪気がなかったことを大人に分かってほしいと思っている。だが、起きたことは事実。その子は事態を修復するために、できる限りのことをしなければならない。
子供の言い分を聞いていると、まるで悪事には2種類あるみたいだ。例えて言うなら、うっかり窓を壊すことと、わざと窓を壊すこと。壊すつもりがなかった子供は、窓を壊したという事実ではなく、壊すつもりはなかったほうに目を向けがちだ。
何かいいことをしようとしていた場合はなおさらだ。野球のノックのやり方を友達に教えていたとか、雨の日に弟を楽しませようとリビングでピクニックごっこをしていたとか(そのためにコンブチャをぶちまけることになったとしても......)。
悪気がなくても責任を逃れられるわけではないことを子供に理解させるのは難しい? いや、問題はそこではない。世の大人たちはもっと手の込んだやり方で「悪気はなかった」と言い訳している。例えば「私の発言は前後の文脈から切り離されて報道され、誤解を招いたようだ」などと。
忘れてはいけない。子供は大人のやることを見て学習するのだ。