最新記事
ヘルス

「ストレスのない生活」はむしろ寿命を縮める!? 高熱で身体をいじめるサウナはなぜ「健康的」か

2023年2月6日(月)16時00分
ニクラス・ブレンボー(分子生物学者) *PRESIDENT Onlineからの転載

少量のヒ素を与えた線虫はむしろ長生きする

運動はホルミシスの最も知られる例だが、生物の世界にはホルミシスが溢れている。実際、ホルミシスは地球上の生物の物語の根幹をなしている。わたしたちの祖先の生活が苦難の連続だったのは確かだ。飢餓、苛酷な労働、毒物、素手での殴り合い、肉食動物からの命懸けの逃走など、生活には困難がつきものだった。だからこそ、人間にとって困難は必要不可欠なものになった。

自然界に溢れるホルミシスの最良の例の一つは、有毒な化学物質であるヒ素の研究からもたらされた。古来、ヒ素は「毒物の王」、あるいは「王の毒」と呼ばれてきた。なぜなら入手しやすく、無味無臭で、人を毒殺するのに使いやすいからだ。そのため世界各地で王の椅子を狙う王族やサイコパスがヒ素を利用してきた。

しかし近年、あろうことかヒ素は世界の多くの地域で飲料水を汚染するようになった。そのため研究者たちはヒ素が実験動物に及ぼす影響を調べ始めた。

線虫に大量に投与すると、ヒ素は評判通りの殺し屋になった。しかし少量の場合、線虫は通常より長生きした。それだけでなく、熱ストレスや他の毒物への耐性も強くなった。なぜだろう。もちろん、ホルミシスのおかげだ。ヒ素は毒だが、少量なら適度なストレス要因になって線虫の防衛能力を高めるのだ。

別の研究者たちは「酸化促進剤」を使って線虫の寿命を延ばすことに成功した。酸化促進剤は抗酸化物質とは逆に、酸化ストレスを強める。先程の比喩で言えば、陶器店に居座る雄牛に錠剤のカフェインを飲ませて臀部を激しく叩くようなものだ。この実験で酸化促進剤として使ったのは除草剤のパラコートだ。しかし、抗酸化物質も一緒に投与すると、ストレスは中和され、線虫の寿命は通常通りになった。

「毒物の王」であるヒ素や強力な除草剤が、どんな形であれ生物にとってプラスになるのは信じがたいかもしれないが、生物界ではそういうことがよく起きる。

放射性物質にさらされたマンション住人

人間にヒ素や除草剤やその他の有害物質を飲ませるというような臨床試験は、当然ながら行えない。しかし、人体でのホルミシス効果を示す実例がいくつかある。

その一つは1980年代に台湾で起きた。当時、台湾は好景気の只中にあり、首都の台北では前例のない規模で建設ラッシュが続いた。その熱気の中、一部のリサイクル鉄鋼に放射性物質のコバルト60が混入した。これらの鉄鋼は1700棟のマンション建設に使用されたが、それがわかったのは1990年代で、すでに手遅れの状況だった。

取り壊される前、これらの放射能マンションにはおよそ1万人が住んでおり、住民は毎日、通常のレベルをはるかに超える放射線にさらされていた。放射線はDNAを傷つけてガンを引き起こすため、ガンの増加が心配されが、住民の病歴を調べた医師たちは当惑した。マンションの住民は一般の台湾人に比べてほぼすべてのガンにおいて発症率が低かったのだ。

同じような現象は他の場所でも指摘されている。アメリカの造船所の労働者のうち、原子力潜水艦に携わる労働者は一般的な労働者より死亡率が低い。また、アメリカの一般市民のうち、自然発生する放射線量が通常より多い地域に住む人々は平均寿命より長く生きる。医師の中でも、電離放射線にさらされる放射線科の医師は他の科の医師より長生きし、ガンにかかるリスクも低い。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ルクオイル株凍結で損失の米投資家に資産売却で返済、

ビジネス

英中銀当局者、金利見通し巡り異なる見解 来週の会合

ビジネス

ネトフリのワーナー買収、動画配信加入者が差し止め求

ワールド

中ロの軍用機が日本周辺を共同飛行、「重大な懸念」と
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「財政危機」招くおそれ
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    ゼレンスキー機の直後に「軍用ドローン4機」...ダブ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中