最新記事
ヘルス

「ストレスのない生活」はむしろ寿命を縮める!? 高熱で身体をいじめるサウナはなぜ「健康的」か

2023年2月6日(月)16時00分
ニクラス・ブレンボー(分子生物学者) *PRESIDENT Onlineからの転載
サウナで汗をかく男性

*写真はイメージです Mordolff - iStockphoto


長生きをするにはどうすればいいのか。分子生物学者のニクラス・ブレンボー氏は「風が全く吹かない場所に生える樹木は自重でやがて倒れてしまう。人間も適度なストレス下で暮らしたほうがいい」という――。

※本稿は、ニクラス・ブレンボー『寿命ハック』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

放射能を浴びたマウスは、なぜ老化が早まるのか

わたしが暮らすコペンハーゲンで地下鉄に乗ると、抗酸化物質がたっぷり添加された新発売のスムージーの広告をよく見かける。「インフルエンサー」やネット上のマルチ商法が扱う怪しげなダイエット・サプリメントも同様だ。しかし、抗酸化物質とサプリメントのラブストーリーは想像以上に深刻な状況から始まった。

1950年代――最初の原子爆弾が日本に投下されて数年後――科学者たちは放射線が人体に及ぼす影響に関心を寄せていた。例のごとく、人間が苦しまずにすむようにマウスが苦しむことになった。実験を重ねた結果、致命的ではないが高レベルの放射線をマウスに浴びせると、老化が加速することがわかった。放射線を浴びたマウスは加齢性疾患を通常より早く発症し、死期も早まった。

放射線がマウスにとって害になるのは、一つにはそれが細胞の中でフリーラジカルと呼ばれるものを作り出すからだ。フリーラジカルは非常に反応しやすい分子で、他の分子に衝突すると、その分子を傷つける。言うなれば、陶器店にいる雄牛のようなものだ。どの動物も放射線にさらされると細胞内でこの雄牛が暴れまわる。科学者は雄牛がもたらす被害の総量を「酸化ストレス」と呼ぶ。つまり、放射線を浴びたマウスは「酸化ストレスが高い」のだ。

そこで登場するのが抗酸化物質(アンチオキシダント)である。抗(アンチ)はフリーラジカルに対抗するという意味で、抗酸化物質は陶器店の雄牛に打ち込む鎮静剤と見なすことができる。放射線の研究者たちは抗酸化物質を使えば、マウスを放射線の害から守ることができるのではないかと考えた。実験の結果、抗酸化物質は放射線を浴びた動物の寿命を延ばすという結論に至った。

抗酸化サプリは寿命を延ばすどころか縮める

もっとも、興味深いことに、フリーラジカルが生まれるのは放射線を浴びた細胞の中だけではない。実のところそれは正常な代謝の副産物であり、わたしたちの細胞は常に暴れまわる雄牛に翻弄されているのだ。それを知る科学者たちはこう考えた――フリーラジカルは放射線に誘発された老化の原因であるだけでなく、通常の老化の原因にもなっているのではないだろうか。

この説は「老化のフリーラジカル説」と呼ばれ、人間の代謝を一種のファウスト的契約と見なすものだ。つまり、人間は代謝によって生きているが、代謝はフリーラジカルを発生させるので、人間は確実に老化し、死んでいくのだ。

これは、「フリーラジカルは生体に損傷を与え、老人は若者よりも酸化ストレスのレベルが高く、過剰な酸化ストレスは加齢性疾患につながる」という事実と合致する。だが幸いなことに、この説は老化に対抗する簡単な方法も提供する。抗酸化物質を使って、暴れ牛をおとなしくさせればよいのだ。

このアイデアは、誕生して以来、臨床試験で徹底的に調べられてきた。

実際、数多くの研究が行われてきたので、今ではメタ分析を行うことができる。メタ分析とは、別々に行われたいくつもの研究のデータを統合して分析する大規模な研究のことだ。

研究者たちは68件の研究と23万人の被験者からなるメタ分析を行い、抗酸化物質のサプリメントが人間の寿命を延ばすかどうかを調べた。結論はこうだ。抗酸化作用のあるサプリメントを摂取する人は早く死ぬ。加齢性疾患を予防することもできない。抗酸化作用のあるサプリメントは、ある種のガンの発生を抑制するどころか、その増殖と転移を促進するらしい。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:ドローン大量投入に活路、ロシアの攻勢に耐

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中