「ねえ、ラブホいかへん?」 家出少女に声をかけられた牧師は彼女をどうしたか
助ける方法を必死に考えて
「みんな」同じことをしているが、おたがい誰のことも心配しないらしい「みんな」。わたしの言葉に応じる彼女は、わたしのことをいちおう信用してくれたのかもしれないが、潜在的にはわたしへの警戒を怠っていないかもしれない。それと同じように、彼女は自分と同じ境遇の友人たちを、友人ではあるがしょせんは他人と捉えているようだった。友人たちも客の男たちも、わたしも同じ。いつ裏切られるか分からない。最後に頼れるのは自分だけ。そういう「みんな」。自分以外の全員、当然わたしも含んだ「みんな」。
わたしはそっけなく話すふりをしながら、頭はフル回転させていた――落ち着け。彼女を助ける方法を考えろ。考えあぐねた結果、わたしは話が通じそうな同僚に電話をかけてみることにした。もちろん彼女に許可はとった。
「そいつなら君のこと、なんとかしてくれるかもしれへんから」
「うん、ありがとう」
彼女は素直にうなずいた。
おだやかで痛ましい寝顔
同僚はわたしからの急な電話に、あわてて着替えでもしているのか。それほど遠くはないはずなのだが、姿を現すまでの時間は長かった。待っているうちに、彼女は膝枕のうえで寝息を立て始めた。日ごろの疲れがたまっているのだろう。おだやかな寝顔がむしろ痛ましい。まだ中学生くらいの子ども。街中を歩いている学生たちと、なにも変わらない寝顔。
同僚を待ち続ける時間はねっとりと長く、苦痛であった。やがて遠方から同僚が歩いてくるのが見えたとき、粘っこく張りついた空気は霧消し、わたしは安堵(あんど)した。ところが彼のほうはといえば、わたしに気づくと驚いたように駆けよってきた。
「これはどういうことです」
どうやらわたしの膝枕状態を誤解してしまったらしい。わたしは誤解を解くよりは事情を説明したほうが早いだろうと、彼にこれまでの経緯を話した。彼女も目を覚まして、彼を見上げた。
「今、この子を引き受けて責任とれます?」
残念なことに、話はわたしの思いもよらぬ方向へ進んでいった。彼は彼女にではなく、わたしに向かって説得を始めたのである。
「難しいですよ、やっぱり。たしかに、この子は厳しい立場だと思います。でも今、この子を引き受けて責任とれます? なにかあったらどうするんです?」
彼女の顔がこわばりはじめた。彼女は立ち上がり、わたしと彼との論争を、こぶしを握って聴いていた。
わたしは彼と論争しながら、ちらちら彼女のほうを見る。
「いや、だいじょうぶだから。必ずなんとかするからね」
だが、もうだめだった。彼女とわたしとのあいだには、膝枕のときには考えられなかった、なにかとてつもないものが立ちはだかっていた。彼女はわたしの顔から眼をそらさず、少しずつ、少しずつ後ずさりし始めた。まるで野良猫が人間を警戒するように、その野生の鋭い眼をそらさず、少しずつ、少しずつ。どうすればいいのか。彼女を引き止められないか。同僚を納得させることはできないか。
「この子を今晩だけでもいいから、とりあえず泊めてくれませんか。それで明日以降、福祉につないでもらえたら。それだけでもいいんですけど。ほんとうはわたしがそうしたいんだけど、あしたは幼稚園の仕事もあるから、バスには乗らないといけないし」
「無理ですよ。それにもう夜です。未成年者を親にも警察にも言わず、勝手に教会に泊めることはできません。わたしもあなたも男性ですよ? そんなことが露見したら、教会の社会的信用にかかわります。彼女に親の連絡先を尋ねてください」
「いや、親には連絡できない。彼女は親には会いたくないと言っている。警察のことも警戒している」
「やっぱり警察に連れて行きましょうよ。警察に保護してもらうしかない」