最新記事

教育

高まる医学部人気の裏で...「偏差値が高いが人を診られない医師」を減らすにはどうするか

2022年12月8日(木)08時05分
小倉加奈子(順天堂大学医学部 人体病理病態学講座 先任准教授)


現在、初等あるいは中等教育において、生活習慣病やがんの教育を行う試みが進んでおり、筆者も東京都からの要請で、公立の小・中・高等学校にがん教育の授業を行うこともある。

現場の先生方に話をうかがうと、外部講師が来るのは数年に1回程度であり、ふだんは養護や保健体育の先生が教科書を使って授業を行っているという。専門的な内容も少なくないため、教科書に記載されていることをたどるのが精いっぱいであると聞く。

さらにここ数年は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、感染症の授業も追加されているとのこと。教える内容はほとんど医学の内容に近いにもかかわらず、先生方の技量と努力にゆだねられている状況で、サポート体制も十分ではない。

本来、医学は実学であり、社会の中で医療として実践されるものである。医師の仕事であるカルテの記載、インフォームド・コンセントやお看取りの方法や統計データの分析も、小学校から学んできた国語や数学や社会や道徳などの授業とは、切っても切れない関係にある。

コロナ対策を考えるうえでも、医学の専門知識だけで対応することはできない。そこに必ず付随してくる差別や貧富の格差などの社会問題を合わせて考察していく必要がある。

2022年11月、順天堂大学に「MEdit Lab 順天堂大学STEAM教育研究会」が発足した。サイトでは、中高生、保護者や教員が楽しんでもらえる医学にまつわる情報を提供している。

今後は、STEAM教材を活用する授業や中高生の先生方の保健体育教育のサポート、中高生や大学生、そして順天堂大学に所属する医師をはじめとした様々な医療スタッフが、一緒になって医学を学ぶワークショップの開催なども予定されている。

「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の造語であるVUCAといわれる現代社会において、本当に人々を幸せにしていく医療とはどういう形をとるべきなのか。

そのためには、医療スタッフだけではなく、医療を受ける側の人々とともに考えていく場がもっと必要なはずである。それは医学部を目指す中高生にとっても、貴重な学びの場になるだろう。上記の研究会の活動が、小・中・高等学校における医学教育のひとつのモデルになっていくことが望まれる。



小倉加奈子(Kanako Ogura)
順天堂大学医学部附属練馬病院病理診断科科長、臨床研修センター副センター長、NPO法人 PathCare 病理診断の総合力を向上させる会理事。病理医の認知度を上げるため「病理診断体験セミナー」を広尾学園高等学校、金蘭千里高等学校、渋谷教育学園幕張高等学校、かえつ有明高等学校などで実施しているほか、2020年度より経済産業省・未来の教室「STEAMライブラリー」事業に参加し、医学と中高生のふだんの科目を掛け合わせた動画教材などを開発している。順天堂大学内に医学部初の「MEdit Lab 順天堂大学STEAM教育研究会」にも参画。著書に『おしゃべりながんの図鑑──病理学からみたわかりやすいがんの話』『おしゃべり病理医のカラダと病気の図鑑──人体サプライチェーンの仕組み』(CCCメディアハウス)など。


 『おしゃべりながんの図鑑──病理学からみたわかりやすいがんの話
 小倉加奈子[著]

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


 『おしゃべり病理医のカラダと病気の図鑑──人体サプライチェーンの仕組み
 小倉加奈子[著]

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

中国軍が東シナ海で実弾射撃訓練、空母も参加 台湾に

ビジネス

再送-EQT、日本の不動産部門責任者にKJRM幹部

ビジネス

独プラント・設備受注、2月は前年比+8% 予想外の

ビジネス

イオン、米国産と国産のブレンド米を販売へ 10日ご
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中