高まる医学部人気の裏で...「偏差値が高いが人を診られない医師」を減らすにはどうするか
現在、初等あるいは中等教育において、生活習慣病やがんの教育を行う試みが進んでおり、筆者も東京都からの要請で、公立の小・中・高等学校にがん教育の授業を行うこともある。
現場の先生方に話をうかがうと、外部講師が来るのは数年に1回程度であり、ふだんは養護や保健体育の先生が教科書を使って授業を行っているという。専門的な内容も少なくないため、教科書に記載されていることをたどるのが精いっぱいであると聞く。
さらにここ数年は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、感染症の授業も追加されているとのこと。教える内容はほとんど医学の内容に近いにもかかわらず、先生方の技量と努力にゆだねられている状況で、サポート体制も十分ではない。
本来、医学は実学であり、社会の中で医療として実践されるものである。医師の仕事であるカルテの記載、インフォームド・コンセントやお看取りの方法や統計データの分析も、小学校から学んできた国語や数学や社会や道徳などの授業とは、切っても切れない関係にある。
コロナ対策を考えるうえでも、医学の専門知識だけで対応することはできない。そこに必ず付随してくる差別や貧富の格差などの社会問題を合わせて考察していく必要がある。
2022年11月、順天堂大学に「MEdit Lab 順天堂大学STEAM教育研究会」が発足した。サイトでは、中高生、保護者や教員が楽しんでもらえる医学にまつわる情報を提供している。
今後は、STEAM教材を活用する授業や中高生の先生方の保健体育教育のサポート、中高生や大学生、そして順天堂大学に所属する医師をはじめとした様々な医療スタッフが、一緒になって医学を学ぶワークショップの開催なども予定されている。
「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の造語であるVUCAといわれる現代社会において、本当に人々を幸せにしていく医療とはどういう形をとるべきなのか。
そのためには、医療スタッフだけではなく、医療を受ける側の人々とともに考えていく場がもっと必要なはずである。それは医学部を目指す中高生にとっても、貴重な学びの場になるだろう。上記の研究会の活動が、小・中・高等学校における医学教育のひとつのモデルになっていくことが望まれる。
小倉加奈子(Kanako Ogura)
順天堂大学医学部附属練馬病院病理診断科科長、臨床研修センター副センター長、NPO法人 PathCare 病理診断の総合力を向上させる会理事。病理医の認知度を上げるため「病理診断体験セミナー」を広尾学園高等学校、金蘭千里高等学校、渋谷教育学園幕張高等学校、かえつ有明高等学校などで実施しているほか、2020年度より経済産業省・未来の教室「STEAMライブラリー」事業に参加し、医学と中高生のふだんの科目を掛け合わせた動画教材などを開発している。順天堂大学内に医学部初の「MEdit Lab 順天堂大学STEAM教育研究会」にも参画。著書に『おしゃべりながんの図鑑──病理学からみたわかりやすいがんの話』『おしゃべり病理医のカラダと病気の図鑑──人体サプライチェーンの仕組み』(CCCメディアハウス)など。
『おしゃべりながんの図鑑──病理学からみたわかりやすいがんの話』
小倉加奈子[著]
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