収入の1割以上、毎月約10万円が保険料に...... なぜ「国民健康保険」は高額なのか
そして区の職員は小さな声で「もう国保の制度が破綻しているんです」とつぶやいた。
私は労働意欲が失せていくのを感じた。働いても働いても、その分を保険料にとられていくのだ。
もともと保険料負担でまかなう制度設計にはなっていない
長友氏は「自治体の努力ではもう限界なんです」と指摘する。
「組合健保や協会けんぽにとっても国保に対する納付金や、後期高齢者への支援金が非常に重たい。医療保険同士の奪い合いに終始するのではなく、医療保険全体に対する国庫支出を増やすことです」
国庫負担率は年々低下している。寺内氏も、これに同調する。
「つまり国保はもともと保険料負担でまかなう制度設計にはなっていないのです。83年までは収入全体の約6割を国庫支出金が占めていましたが、84年から低下し、現在は二十数パーセントに過ぎません。減らされた国庫負担分を被保険者の保険料に肩代わりさせていることが保険料高騰の大きな要因です」
旧国民健康保険は1938年に制定、施行された。
設立時の国保法(旧法)の第一条には<国民健康保険は"相扶共済の精神に則り"疾病、負傷、分娩または死亡に関し、保険給付を為すを目的にする>と記される。つまり旧法では相互扶助・共助の制度だったわけで、国庫負担も自治体負担もなく、保険者(健康保険事業の運営主体)は産業組合・農業会(農協の前身)などだった。
新法には「相互扶助」の精神は消えている
45年に第2次世界大戦が終わり、48年に国保法の改正、保険者は原則市町村に。50年に出された社会保障制度に関する勧告では「生活保障すなわち社会保障の責任は国にある」と明言され、56年の「医療保障に関する勧告」では「医療を受ける機会の不平等が疾病や貧困の最大原因である」ことが指摘され、この勧告が「国民皆保険」につながっていく。
「57年度版の厚生白書には医療保険の適用を受けていない国民は約2900万人、総人口の32%におよぶと報告されています。無職者、高齢者、病人をすべて抱え込む医療保険制度をどうするか、そこで地域保険である国保を再編成し、59年に新国保法が施行されたのです」(寺内氏)
新法には"相互扶助"の精神は消えている。第4条には「国の責務」が明記され、国庫負担の根拠が示されたのだ。
「国民健康保険において支払い能力を給付の条件にすれば、負担能力のない層が排除され、"皆保険"である意味がなくなってしまう。国保財政を安定させるために国庫負担が絶対不可欠です」(同)
皆保険が機能しなければ、最低限の医療すら受けられない
コロナ発生以降、通常診療が行えないという医療崩壊が危惧されてきたが、皆保険が機能しなければ、そもそもその最低限の医療すら受けることができない。救急医療現場を密着取材していると、保険証がない、あっても所持金が数十円で窓口負担金が払えないという人にしばしば出会う。
国は国民の命を守るため「皆保険」を支える、「健康保険への支出」を決断するべきだ。
第44条には一部負担金減免、第77条には保険料減免を市町村が独自に実施できることも定められている。だが実際にはこれらも、生活保護レベルでなければ減免を許可されず、さらに滞納に対する措置は厳しい。
笹井恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)など。新著に、『徳洲会 コロナと闘った800日』(飛鳥新社)がある。