最新記事

新型コロナウイルス

緊急事態宣言は変異株の拡大を抑え込むか? 進化生物学的に危険な「日本のワクチン接種計画」のリスク

2021年4月26日(月)20時00分
宮竹貴久(岡山大学学術研究院 環境生命科学学域 教授) *PRESIDENT Onlineからの転載

世界初の大規模成功例は「日本」

主に海外で展開されているこの不妊化法であるが、世界で初めて大規模スケールで害虫の根絶に成功したのは、実は日本である。

みなさんは、沖縄産のゴーヤー(ニガウリ)やマンゴーを食べたことがあるだろう。こうした沖縄産の野菜や果物を、東京や大阪で食べることができるようになったのは、比較的最近で1993年以後である。1993年は野菜と熱帯果樹の大害虫であるウリミバエが、不妊化法によって南西諸島から根絶された年となる。

この根絶プロジェクトは、農林水産省と沖縄と鹿児島の両県が莫大な予算を投じて害虫であるウリミバエを増やし、コバルト60を照射して不妊にしたオスを野に放ったもので、野に放たれたオスは野生メスをひたすら探し出して交尾をせんとする。

不妊オスと交尾できた野生メスは卵を産むが、不妊オスの異常精子を授精しても卵は孵(かえ)らず、子を残せない。圧倒的な数の不妊オスを撒き散らすと、野生メスは数世代で野生のオスと出会う機会がなくなり、その種は根絶にいたる。南西諸島でヘリコプターから地上に撒き散らかされた不妊オスの数は、毎週1億匹であり、根絶までにはのべ530億匹の不妊オスが放たれた(*3)。

この巨大プロジェクトの成功によって、1993年には南西諸島のすべてからウリミバエは一匹残らず駆逐された(*3)。そして、沖縄や奄美で栽培された野菜や果物は日本全国に流通するようになった。

抵抗性を持ったメスが登場

ウリミバエの根絶は薬剤抵抗性のような駆除する側と駆除されるものとの果てしない戦いである「鼬ごっこ」が生じない完璧な駆逐法だと、誰もが考えた。そして不妊化法は、環境にやさしい害虫防除法として、一躍有名になり、世界中に広まった。

しかし、その華やかな表舞台の裏で、不妊オスに対する抵抗性をもった野生メスが進化していたことを示唆するデータがあることはほとんど知られていない。不妊オス抵抗性をもったメスの出現である。

不妊化されたオスと野生オスを見分けることのできる野生メスが出現したことを当時のデータは示している(*4)。先述したとおり、あらゆる生物には変異がある。オスを見分けるメスの能力にだって、個体による差があるのは当然だ。

時間を与えず一気に殲滅せよ

不妊オスとの交尾を避けるメスが、野外で進化した──。

この事実は関係者を震撼(しんかん)させた。そして対策がとられた。不妊オス抵抗性が進化したとされる沖縄本島、中部の勝連半島に、大量の不妊オスを追加で放したのである。この地域には石油コンビナートの基地があり、ヘリコプターを飛ばせず、空中散布することができなかったことも、この地域でウリミバエを完全に根絶できなかった大きな要因であった。

沖縄県のウリミバエ対策本部がとった手段は、人海戦術だった。来る日も来る日も、大量の不妊蛹を衣装ケースに詰めて車に乗せ、現地に運び人の手で不妊オスを撒き続けた。

当時、担当部署で働いていた私は、毎朝、ウリミバエの生産工場に行き、仲間とともに大量の不妊蛹を衣装ケースに詰めては車に乗せ、現場に出向いて野山に撒き続けた。大量の不妊オスでその地域が満たされれば、不妊オスを見分ける能力を持ったメスとて、選ぶための野生オスに出会えないという論理である。

この作戦は見事に功を奏し、1990年にはウリミバエを沖縄本島から駆逐できたのだった。

このことから関係者が学んだ大切なことがひとつある。敵を駆逐するには、「大量の不妊オスで、一気に野生メスを囲い込み、即時に1匹残らず駆逐してしまわなければならない」ということだ。野生メスに不妊オスを選ばせる時間的なゆとりを与えては、抵抗性の反撃にあって作戦は壊滅するのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米メーシーズ、第4四半期利益が予想超え 関税影響で

ワールド

ブラジル副大統領、米商務長官と「前向きな会談」 関

ワールド

トランプ氏「日本に米国防衛する必要ない」、日米安保

ワールド

トランプ氏、1カ月半内にサウジ訪問か 1兆ドルの対
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中