最新記事

インタビュー

美学者が東工大生に「偶然の価値」を伝える理由──伊藤亜紗の「いわく言い難いもの」を言葉にしていくプロセスとは

2020年8月28日(金)16時30分
Torus(トーラス)by ABEJA

いわく言いがたいものを言葉にしていく

Torus_Ito4.jpg

──もともと、生物学者を志していたそうですね。なぜ美学に?

伊藤:子どものころ昆虫の世界に魅せられて、虫から見た世界ってどんな感じなんだろうと思っていました。生物学は細分化して見ていく学問なのですが、特にわたしが学生だったころは分子生物学が脚光を浴びていて、DNAを読み解けば生命全体が分かるかのような空気に違和感を抱くようになりました。もっと主観的なもの、分割できないものを、と3年の時、文転して美学の分野に行きました。

美学は、美しさや魅力といった、感覚としては分かるけれども言葉にしにくいもの、つまり「いわく言い難いもの」を言葉にしていく学問です。きっちり情報化できるものとは真逆の領域ともいえます。美学の観点から、人間の身体の違いに関心を持つようになりました。

わたし自身、小さい頃から吃音でうまく話せないこともあって、自分の中で起こっていることが、自分が発している言葉とは全くかみあっていない感じをずっと抱き続けてきました。「そんな簡単に言葉を信じていいのか?」という思いがあったんですね。

対して、言葉に関するためらいが美学にはある感じがしたんです。だから信じられる、と思ったんだと思います。

キッチンペーパーでラグビーのバーチャルリアリティ

伊藤:いま、東京工業大学のリベラルアーツ研究教育院で学生たちに芸術を教えています。

人間は先入観や常識にとらわれて、自分の発想の幅を狭めてしまっている。何かにとらわれてしまうところからどう解放されるか。それがリベラルアーツなんですね。

例えば、最近よく聞くバーチャルリアリティ(VR)。「最先端技術で仮想世界に行く」というイメージがありますが、もともと「実質的な」という意味で「ハイテク」でなくても使われていた言葉です。

わたしも人文系の人間なりに、ハイテクではない「バーチャルリアリティ」を探っています。

見えないスポーツ図鑑

10種目の競技の専門家から話を伺いながら、100円ショップなどで売っている道具でそれぞれの競技の独自の感覚を再現しています。

例えば、ラグビーのスクラム。見ているだけでは団子状態の選手が、なにやらゴチャゴチャやっているだけのようにみえます。でも実際にスクラムを組んでいる間は、顔が下を向いて周りが見えなくなるので、視覚ではなくむしろ触覚が大事になってくるそうです。自分の後ろから仲間がグイグイ押し上げてくるのを触覚的に感じつつ、前の敵と協力しなくてはならない、と。そうしないと力が拮抗しなくなって、組みあった状態が保てなくなるそうです。

この協力しあう感覚を、キッチンペーパーのロールで「翻訳」してみました。細長いロールを2個縦につなげ、両端から2人でグッと押しあうのです。確かに、相手がどっちの向きに押そうとしているのか互いに感じあわないと、うまくバランスが取れません。

この「敵なのに協力しなければいけない感じ」を体感しておくと、観戦でもスクラムの中にいる選手の気持ちや感覚がグッと伝わってくるようになります。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ストラテジックキャピタルが日鉄に書簡、大阪製鉄吸収

ビジネス

日産自、銀行・保険など長期株主を模索 ルノーに代わ

ワールド

NY南部連邦地検トップ、トランプ氏就任前に辞任へ 

ビジネス

景気「緩やかな回復」で据え置き、公共投資を引き下げ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老けない食べ方の科学
特集:老けない食べ方の科学
2024年12月 3日号(11/26発売)

脳と体の若さを保ち、健康寿命を延ばす──最新研究に学ぶ「最強の食事法」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳からでも間に合う【最新研究】
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 4
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 5
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 6
    テイラー・スウィフトの脚は、なぜあんなに光ってい…
  • 7
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 8
    「典型的なママ脳だね」 ズボンを穿き忘れたまま外出…
  • 9
    日本株は次の「起爆剤」8兆円の行方に関心...エヌビ…
  • 10
    バルト海の海底ケーブル切断は中国船の破壊工作か
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 9
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 10
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中