最新記事

インタビュー

美学者が東工大生に「偶然の価値」を伝える理由──伊藤亜紗の「いわく言い難いもの」を言葉にしていくプロセスとは

2020年8月28日(金)16時30分
Torus(トーラス)by ABEJA

Torus 写真:西田香織

人は、情報の大半を視覚から得ていると言われます。では、目が見えない人たちは世界をどのように認識しているのでしょうか。

本人ですら、いわく言い難いその感覚を、美学者の伊藤亜紗さんは当事者との対話から探り、自著「目の見えない人は世界をどう見ているのか」で、見るという行為そのものを揺るがしました。

伊藤さんは「雲が流れゆくのを淡々と眺めるように、身体に何が起こるかを淡々と見ていく」と言います。

身体を通じて見えてきた「世界の別の顔」とは。

◇ ◇ ◇

見えない世界の「見え方」

伊藤:目の見えない人たちが、どうやって自分の周りの世界を認識しているのか、当事者の方々の話を聞いてきました。わたしは見えている分、「視覚」に縛られているともいえる。そうした束縛から解放されてみたい思いもありました。実際、目の見えない人たちの世界の見方は、想像を超えた面白さがあります。

ある時、先天的に全盲(先天盲)の方とお昼に天ぷら定食を食べたんですね。その時、天ぷら定食をどうやって認識しているのかを聞いたんです。見えているわたしと見えない彼が、同じ天ぷら定食を食べている。互いの「食べる」は同じなのか違うのかと思って。

その方は面白いたとえで説明してくれました。天ぷら定食が「パソコンのデスクトップに並んでいるフォルダのような感じだ」というんです。

Torus_Ito6.jpg

──天ぷら定食が、パソコンのデスクトップですか。

伊藤:そうなんです。相手の感覚を言葉にしたいばかりにわたしがしつこく問い詰めたからか、そんな風におっしゃっていました。

全盲の人たちは、視覚以外の感覚で自分の周りの世界を把握しています。もっぱら視覚で把握しているわたしとの間で、互いにどうしても分からない部分、通じない部分が出てきます。だからわたしたちの数少ない共通経験である「パソコンを使う」という行為で、説明しようとしてくれたのだと思います。

天ぷら定食は、いくつも料理の皿や鉢が並んでいますよね。

見えていると、物体情報と位置情報が目を通して同時に入ってきます。「『エビの天ぷら』が『皿の上』にある」といった具合に。「『エビの天ぷら』が『どこか』に存在する」「『何か分からないもの』が左側の『皿』の上にある」なんてことは起きない。

一方、その先天盲の方は皿のかたちや位置は把握しているけれど、皿に盛られたてんぷらの具が何かという情報は、最初は把握していないそうです。把握するのはそれぞれの皿に箸をつけたときだけ。この感じを「パソコンで言うところのクリックをすると、《天ぷらです》って出てくる感じかなあ」と話していました。「何」(物体)より「どこ」(位置)の方が、情報としては重要度が高いそうなんです。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ミャンマーで総選挙投票開始、国軍系政党の勝利濃厚 

ワールド

米、中国の米企業制裁「強く反対」、台湾への圧力停止

ワールド

中国外相、タイ・カンボジア外相と会談へ 停戦合意を

ワールド

アングル:中国企業、希少木材や高級茶をトークン化 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 10
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中