最新記事
新紙幣

日本初の紙幣の顔「神功皇后」を知っているか?...誰もが知ってる偉人が忘れられた理由

2024年7月25日(木)10時33分
井沢 元彦 (作家/歴史家) *PRESIDENT Onlineからの転載

【歴史とは政治経済文化の混合物】

一昔前は、子供たちに神話を教えることは戦前の誤った歴史の教え方で、そんなものは教える必要がないと声高に主張する教育関係者がいた。いや、今もいるのかもしれない。こうした人たちは歴史教育とは何かがまったくわかっていない。

たとえば「江戸時代の武士階級は朱子学を基本教養としていた」という厳然たる事実がある。それを知ることによって初めて、朱子学が具体的に当時の政治や経済にどのような影響を与えたかがわかってくる。一つの例として、農業に基づく幕政改革は支持されたが、商業振興策は卑しいものとして軽蔑された。そして、それだけでも、渋沢栄一の為した意識改革の偉大さがわかる。


 

同じように日本最初の肖像紙幣の肖像に「なぜ神功皇后が選ばれたのか」がわからなければ、当時の歴史も政治も経済もわからなくなる。歴史とは政治経済文化の混合物だからだ。朱子学を道徳の中心に据える中国では決して民主主義は生まれない。人間には優れた人間と劣った人間がいて絶対に平等ではない、と朱子学の信者は考えるからだ。

だから科挙という「朱子学の試験」で合格した人間を社会の指導層にすればいい。これが「士」であとの「農工商」は、エリートである「士」の指導に従っていればいい、という考え方になる。絶対に一人一票あるいは四民(士農工商)平等ということにはならないのだ。

ところが日本では吉田松陰らが中心となってこの不平等を克服した。具体的には天皇を神に等しいところまで持ち上げ、それであるがゆえに天皇の下では貴族も武士も庶民も平等ということにした。本場中国の朱子学が絶対に成し遂げられなかった四民平等を実現し、これは大正デモクラシーへと続く日本民主主義の基盤となった。

【過ちの歴史も教えないといけない】

しかし人間の作った制度や機構はどんなに優れたものでも必ず欠陥がある。

人間は神ではないから当然なのだが、この「一君万民主義」を構築するにあたって、日本人が天皇を絶対化した結果、その歴史でもあり神話でもある『古事記』『日本書紀』の記事もすべては事実である、疑ってはならない、ということになってしまった。

実際の歴史では日本は唐・新羅しらぎの連合軍に白村江で惨敗を喫し半島の拠点をすべて失ったのだが、神話の神功皇后は皇后でありながら男勝りの豪傑で朝鮮半島の三国(百済、高句麗、新羅)を攻めてすべて服従を誓わせたとされているのだ。もちろんこれは真実ではない。にもかかわらず、「天皇は神聖にして侵すべからず」と憲法で規定した大日本帝国では、この「白村江の敗戦」を語ることが禁じられ、子供には偽りの歴史が教えられた。

日露戦争でバルチック艦隊を撃滅する作戦を成功させた名参謀秋山真之中佐(当時)ですら、この「神功皇后の三韓征伐」を歴史的事実だと信じ込んでいた。彼が起草した「聯合れんごう艦隊解散の辞」にはこれが事実として語られている。東郷平八郎大将が読み上げた、この「解散の辞」は多くの海軍士官が耳にした。当然彼らは「朝鮮半島は古代から日本固有の領土だ」と思っただろう。こういう風潮の中でお札の肖像に神功皇后が選ばれたのだ。もちろん女性尊重という話ではない。こうしたことをきちんと教えるのが真実の歴史教育である。

歴史・経済・文化の論点がわかる お金の日本史 井沢元彦『歴史・経済・文化の論点がわかる お金の日本史 完全版 和同開珎からバブル経済まで』(KADOKAWA)(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら
presidentonline.jpg

ニューズウィーク日本版 BTS再始動
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年3月31号(3月24日発売)は「BTS再始動」特集。7人の「完全体」で新章へ、世界が注目するカムバックの意味 ―光化門ライブ速報―

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トヨタ、中国で56万台リコール 後部座席の不具合で

ビジネス

自然利子率の再推計値は-0.9%―+0.5% 24

ビジネス

ispace、開発遅れでエンジン変更 日米の月着陸

ビジネス

ECB、利上げ急ぐべきでない 基本シナリオ依然有効
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:BTS再始動
特集:BTS再始動
2026年3月31日号(3/24発売)

3年9カ月の空白を経て完全体でカムバック。世界が注目する「BTS2.0」の幕開け

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 2
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終回に世界中から批判殺到【ネタバレ注意】
  • 3
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊張緩和の兆しか
  • 4
    「俺たちはただの人間だ」――BTSが新アルバム『ARIRAN…
  • 5
    まずサイバー軍が防空網をたたく
  • 6
    親の遺産はもう当てにできない? ベビーブーム世代…
  • 7
    意外と「プリンス枠」が空いていて...山崎育三郎が「…
  • 8
    デンマーク王妃「帰郷」に沸騰...豪州訪問で浮かび上…
  • 9
    「予想よりも酷い...」ドラマ版『ハリー・ポッター』…
  • 10
    実は「ミュージカルはポリティカル」?...社会の闇を…
  • 1
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公開...母としての素顔に反響
  • 2
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ海峡封鎖と資源価格高騰が業績を押し上げ
  • 3
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラリアの「NVES規制」をトヨタが切り抜けられた理由
  • 4
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 5
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店…
  • 6
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」…
  • 7
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反…
  • 8
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 9
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 10
    イランは空爆により核・ミサイル製造能力を「喪失」…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中