最新記事
演劇

「1億円の借金を引き継いだ20代だった」 平田オリザ、こまばアゴラ劇場の40年をすべて語る

2024年6月26日(水)18時00分
柾木博行(本誌記者)

こまばアゴラ劇場

こまばアゴラ劇場サヨナラ公演の千秋楽は昼公演終了後、夜公演のキャンセル待ちの列ができた。 HISAKO KAWASAKI-NEWSWEEK JAPAN

文化政策とこまばアゴラ劇場

──そういうなかで、1997年にこのアゴラをちょうど挟むような感じで初台に国立の新国立劇場、三軒茶屋に世田谷区立の世田谷パブリックシアターができ、そして静岡には日本初の欧米型の芸術監督を置く県立の公共劇場SPAC(静岡県舞台芸術センター)ができて、公共ホールが充実していく動きがありました。そのなかで民間劇場を続けてきたモチベーションは?

その前にやっぱり新国立劇場の、当時は第二国立劇場って呼んでいたわけですけど、その初代芸術監督の選出などをめぐる騒動があって、そこで随分劇場とは何かということについて、外国の事例も含めて学んで、自分の感覚はそんなに間違っていなかったという感じはしていたんですよね。

その後、2000年前後から海外で仕事をするようになって、実感として、やっぱりアゴラのほうがグローバルスタンダードじゃないかっていうことを体感した。それを持ち帰って、2001年に「芸術立国論」という本を書いたり、劇場の支援会員制度を始めたりしたわけです。そこまでは官民っていうのはあまり気にせずやっていたところはあります。まだ日本における公共劇場の黎明期だったので。

──海外から来た劇場関係者が新国立劇場と世田谷パブリックシアターを視察する際にアゴラにも寄って、むしろアゴラのほうに関心もってくれる人もいたとか。

そうですね、アゴラは通り道なので。うちに興味をもってくれる理由はいくつかあるんですけど、1つはやっぱり新国立と世田谷は劇場付属の劇団をもっていないってことですよね。それは海外の劇場からすると奇異に見える。それから、まだできたばっかりだったこともあって、レパートリーもない*。まあ今ももってないですけど。

でも一番大きいのは、日本の劇場は「誰が決めているのかよくわからない」っていうのがありますね。アゴラの場合は、ここに来て、僕が「じゃあやりましょう」って言えば決まるわけで。

僕は公共ホールの関係者向けにレクチャーするときに、「持ち帰って」というフランス語はないですってよく言うんです。「持ち帰って」ってなんだよって(笑)。SPACは芸術総監督の宮城聰さんがトップセールスで行くから**、そこで決断できるわけですけど、それができないですよね。新国立劇場は特にできない。

──そうですね。じゃあ、あなた本当に芸術監督なの?と思われても仕方がない。

そうそう、海外ではそうなんです。

*レパートリーとは劇場が複数の演目を日替わりまたは週替わりで上演する公演システムで、欧米のオペラハウスや劇場では一般的な形態。
**SPACは芸術総監督が上演作品の決定だけでなく人事権、予算執行権ももっている欧州型の芸術監督システムを採用している。

──それと前後して平成になると芸術文化振興基金が創設され、日本でもようやく国による芸術活動への助成制度ができました。平田さんはアゴラで最大1億円以上の借金があって、でもそれが後になって助成金申請などで役立ったとか?

それはね、 ネタみたいなものですけど、僕の20代っていうのは、もう借金の返済の人生で、1億円の借金なんていうのはいっぺんに返せないわけですよ。

銀行としては担保があるから貸すわけで、元金がちょっとでも減ればいいんです。だから、経営計画をちゃんと示して「全然大丈夫ですけど、貸したいですか? 貸したいなら借りて、その分ちゃんと企業を大きくしますよ」って言って融資してもらうわけです。そういう企業への融資と消費者金融とは全く違うっていうことを、23歳とかで身に染みてわかったのは良かったですね。銀行は貧乏人にはお金を貸さない。

そのことが助成金の申請っていうよりも、助成のシステムとして文化芸術振興基本法*とかを作るときに役立ったんです。基本的な態度として、私たちが支援してほしいから助成してもらうのではなくて、国民の文化を享受する権利が先にあって、最高の芸術作品を提供する対価として、私たち芸術家は助成金をもらうんだっていうことですよね。だからもっと堂々と受け取りましょう、ということです。

でも、90年代中盤くらいだと、まだ多くの新劇の劇団は「貧乏だからください」と言っていて、アートマネージメント系の人たちでも「外国ではこんなに助成しています」くらいしか言えなかった。芸術への助成に税金を使う論理的な裏付けがきちんとされていなかったわけです。

だから、文化芸術振興基本法を作るときに、今の国土交通大臣の斉藤鉄夫さん、このアゴラの事務所に本当に来たんですよ。彼は自分が工学博士だから科学技術基本法を作っていて「それはわかる。国家の利益になるから。でも、芸術文化は個人の内面のことだから、その法律を作ることが本当に芸術家の益になるのかどうか、自分は疑問に思っていたんだ」と。でも、僕の話を聞いて「なるほど、これは芸術家の益になるものじゃなくて、国民の益になる法律だ。芸術関係者はその益の提供者なんだ」と。それで俄然法案成立にスピード感が出ました、という話は今でも、斎藤先生がよくしてくださるんです。

*2001年に超党派による音楽議員連盟が中心となって成立した文化芸術の振興にあたっての基本理念を定めた法律。政府は文化芸術の振興に関する基本的な方針を策定し、文化芸術の各分野の振興、国際文化交流の推進、劇場・音楽堂等の充実などのため国は必要な施策を講ずるといった規定で構成されている。2017年の法改正後は名称が文化芸術基本法となっている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中