最新記事
大河ドラマ

「源氏物語の作者は男好きだね...」藤原道長のイジりに紫式部が返した言葉とは?

2024年3月12日(火)12時25分
山口 博 (国文学者) *PRESIDENT Onlineからの転載

光源氏のモデルと噂された源高明のふるまい

B女房「どう。道長様だの実方様など諸説あるけれど、光源氏様のモデルは絶対に源高明様よ。これだけ類似点があるもの。高明様が色好みであったことは、彼の歌集『西宮左大臣集』を見れば分かるわ。僅か七十八首の歌集だけれど、全歌恋歌よ。冒頭の歌なんて光源氏様の歌としてもおかしくないわ」

成程、B女房の言うように『西宮左大臣集』を見ると、冒頭歌は「女に」の詞書で高明は「須磨の海人の」と歌い始め、

須磨の海人の浦漕こぐ舟の跡もなく 見ぬ人恋ふる我や何なり

(噂に魅力的だと聞くばかりで見たこともない女に恋する私はどうしたことか)
源高明(『西宮左大臣集』)

と詠む。

「須磨の海人」「見ぬ人恋ふる」の二句から、光源氏が京の北山で従者から明石入道の娘の話を聞き、逢ったことはないが心ひかれたことを、『源氏物語』第五帖「若紫」の読者は思い合わせるのではないか。

高明は光源氏になりきって詠んでいるのだ。

『西宮左大臣集』は高明没後に他者により編まれたと考えられているが、「須磨の海人の」を冒頭に置いたのは、編者も高明光源氏モデル説を意識しているのだ。

高齢で妖艶な色好み...源典侍のモデル問題

モデル問題で被害を被ったのは、紫式部の夫藤原宣孝の兄の妻、つまり義姉に当たる源明子だ。

内侍司の女官で従四位下相当の典侍なので、源典侍と呼ばれていた。『源氏物語』に詳しい読者諸賢であれば、私が言わんとすることを早くもキャッチしただろう。その通り、『源氏物語』に高齢で妖艶な色好みの、その名も源典侍が登場するのだ。

源典侍は物語の第七帖「紅葉賀」に初登場するが、その時既に五十七、八歳である。年齢にかかわらず多情で、しきりに光源氏にラブコールを送る。若づくりが激しく、若向きの真っ赤な扇を持ち歩いていたが、そこには『古今和歌集』よみ人知らずの歌、

大荒木おおあらきの森の下草したくさ老おいぬれば 駒こまもすさめず刈る人もなし

(大荒木の森の下草が盛りを過ぎ硬くなってしまったので、馬も食べようとしないし、刈る人もいない)
よみ人知らず(『古今和歌集』雑上)

が書かれている。

肉体の柔らかさがなくなって誰も見向きもしてくれない老齢の嘆きだ。

紫式部の義姉は宮廷を離れた

源典侍は七十歳前後まで長生きし、再会した光源氏に妖艶な仕種を示す(『源氏物語』第二十帖「槿」)。

口さがない女房連中が、物語の源典侍のモデルは、作者の義姉の源典侍とするのは無理からぬこと。紫式部も三十歳後半から四十歳に達しているだろうから、夫宣孝が生きていれば六十歳前後、その兄の妻ならば義姉は六十歳から七十歳。物語の源典侍の年齢に近い。

義姉明子に関する記述はほとんどないので、色好みであったかどうかは分からない。しかし口さがない女房雀たちが、物語作者の身近な人で、老いて典侍を務める明子をモデルと考えても仕方あるまい。

現代ならば、プライバシー侵害・名誉毀損きそんの訴訟を起こすところだが、彼女はいたたまれなくなって典侍を辞して、宮廷から離れたという。

このことが更にモデルであることを裏付ける結果になった。それだから周りの人たちは、モデルにされないように警戒する。

藤式部様はひどく気取っていて、近寄りがたくよそよそしい感じで、物語好きで風流振り、人を人とも思わず、憎らし気げに人を見下す人と、誰も思い毛嫌いしていたのに

紫式部(『紫式部日記』)

には、紫式部に対する警戒心がほのうかがわれるではないか。この批評は続いて「会ってみると不思議なほどおっとりして」とあるものの、作者の陰湿さを指摘しているように思われるのだが。

カルチャー
手塚治虫「火の鳥」展 鑑賞チケット5組10名様プレゼント
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中