【映画】「指を1本ずつ...」島民全員が顔見知りの「平和な島」で起こる、頑迷な人間を描くダークコメディー
Martin McDonagh’s Best Film Yet
突然、親友のコルム(左)に絶交を宣言されたパードリック(右)は、執拗にコルムに付きまとう SEARCHLIGHT PICTURESーSLATE
<コリン・ファレル主演『イニシェリン島の精霊』は、アイルランドの架空の島を舞台に孤島の住人が展開する風変わりな寓話。アカデミー賞8部門ノミネート作品、日本公開>
「俺はもう、あんたを好かんのでね」
コルム(ブレンダン・グリーソン)が長年の友パードリック(コリン・ファレル)に突き付けた素っ気なく唐突なこの一言から、謝罪や拒絶、逆恨み、とっぴな報復の連鎖が始まる。そしてこの2人だけでなく、2人が住むアイルランド沖の架空の島イニシェリン島の住民の人生が変わる。
時は1923年という設定だが、海辺の市場や一軒だけの酒場、教会、羊に囲まれた家屋が点在するだけのこの島では、歴史的な時間軸を示すものはほとんどない。海を隔てたアイルランド本島では激しい内戦が起きているのだが、島の住民には時折り遠くで上がる砲弾の煙という形でしか伝わってこない。
コルムとパードリックの反目は内戦と無関係だが、内戦以上に危険だ。監督・脚本のマーティン・マクドナーが描くイニシェリン島は、すごく寂しくて素朴に暴力的な場所で、地元の警官(ゲイリー・ライドン)は発達障害のある息子(バリー・コーガン)を平気で殴る。
パードリックの妹で本好きのシボーン(ケリー・コンドン)には、兄の飼っているポニーのふん尿の状態よりも高度なテーマについて語れる相手がいない。
ロンドン生まれだがアイルランド系のマクドナーは、もともと劇作家。簡潔で精緻な会話には定評があり、その繰り返しとリズムがコミカルな効果を生み出す。
「けんかをしたの?」
旧友との仲たがいを知ったシボーンが兄に尋ねたこの短い言葉を、酒場のバーテンやその友人、さらにはパードリック自身も繰り返す。まるで合唱だ。マクドナーは独特な方言にこだわり、役者たちはその語り口を忠実に再現する。それが素敵に楽しくて、試写会でも最初の30分ほどは爆笑の連続だった。
だが2人の反目は、やがて救い難く破壊的な方向に向かう。そして笑える民話が、不気味で実存的なブラックコメディーへと変わっていく。