最新記事

スポーツ

アメリカで3つのプロリーグによる覇権争いが勃発、「ピックルボール」とは?

No Easy Pickle

2022年11月25日(金)12時03分
ジョシュ・ウッズ(ウェストバージニア大学社会学教授)
ピックルボール

ピックルボールはラケットスポーツのハイブリッド版(メジャーリーグ・ピックルボールの男子ダブルス戦) EMILEE CHINN/GETTY IMAGES

<草の根で人気が広がる、古くて新しいラケットスポーツ。1つのスポーツがメジャーになるカギは、多様性とボトムアップにある。その「ピックルボール・フィーバー」について>

新しいスポーツの大半は、いくつかの古いスポーツのハイブリッドだ。ピックルボールもテニスとバドミントンと卓球を掛け合わせて生まれた。

誕生は1965年。バドミントンのコートで、卓球のラケットを使い、穴の開いたプラスチックのボールを打ち合うところから始まった。

現在、競技人口は全米で480万人。3万8140面のコートがあり、用具メーカーは300社、数百の愛好クラブが活動している。

近年の爆発的な人気については考察が飛び交っているが、レブロン・ジェームズをはじめNBAやNFLのスターがプロチームのオーナーになるなど、メインストリームになりつつあるようだ。

とはいえ、若いスポーツに成長の苦しみは付き物。どれだけ派手に見出しを飾っても、新たなプレーヤーやファンを魅了し続けられるかどうかは、目に見えない社会の底流がカギを握る。

組織化されたスポーツが発展するためには、共通のルール、ランキング、用具の規格、定期的なイベント、選手とファンを団結させるアイデンティティーなどの体制が必要だ。今のところピックルボールの社会的基盤は薄く浅く広がっており、さまざまなリーグや運営団体など競合する利害関係者が入り乱れている。

アメリカでは3つのプロリーグが王国の支配権を争っている。国際的には国際ピックルボール連盟と世界ピックルボール連盟がある。さらに、コートの共用や公園の専用エリアの拡張などをめぐり、テニスとの「縄張り争い」や「綱引き」が報じられている。

内輪もめは、新興スポーツの発展過程ではよくあることだ。コーンホール(トウモロコシの粒を詰めた袋を投げて得点を競うゲーム)やディスクゴルフ、eスポーツも似たような問題を経験した。

従来のラケットスポーツに比べて、ピックルボールは安価で、高齢者も親しみやすい。他の新興スポーツに比べて未来は明るいようにも見える。もっとも今のところは、オリンピックの正式種目を目指す近代のムーブメントというより、領土争いに明け暮れた9世紀のフランスの封建制度を思わせる。

商業ではなく文化として

見知らぬ者同士がバーで出会い、2人ともピックルボールに関心があれば、すぐに意気投合するだろう。共通の情熱は、新興スポーツのコミュニティーの接着剤となり燃料となる。ただし、自分と同じような人と絆を深めたがる傾向は、スポーツの裾野を広げる障害になり得る。

社会学の研究が示すとおり、人は類似性を好むものであり、そのため男性中心の職業や白人の多いコミュニティーなど、グループやソーシャルネットワークは同質的になりがちだ。社会的なネットワークを通じて広がる草の根のスポーツの場合、似たような背景のプレーヤーが集まれば、成長の勢いがそがれかねない。

ピックルボールのアメリカでの競技者の男女比はバランスが取れており、ざっと男性が6割で女性が4割。新しいプロリーグ「メジャーリーグ・ピックルボール」の団体戦は女子ダブルス、男子ダブルス、2つの混合ダブルスの4試合が行われ、男性中心のプロスポーツ界では珍しい方式で競技を推進している。

ただし、草の根スポーツの長期的な成長は、中心的なプレーヤー層の多様性に左右される部分がある。ピックルボールは低年齢化が進んでいるかもしれないが、熱心なプレーヤーの半分は55歳以上で、65歳以上だけで3分の1を占める。全体に高齢者、白人、富裕層、郊外に住む人が多いとみられ、2つの大規模なサンプル調査では白人の割合が推定で90%を超えている。

ゴルフやNASCAR(全米ストックカー・レース協会)のように、同質性の問題を解決せずに競技人口を拡大してきたスポーツもある。しかし、人種や性別をめぐる社会の動向を考えると、多様性を追求することによって、メジャーを目指す新興スポーツの群れから抜け出せるかもしれない。

一方で、ニッチなスポーツであることは、観戦形態が細分化されている時代には有利かもしれない。小規模なスポーツにとって、普通の観客が緩やかでも着実に増えることは、持続的な成功の秘訣でもあるだろう。

YouTube、フェイスブックのライブ配信、スポーツ専門のストリーミングサービスのほか、通常のテレビやケーブルチャンネルでも一部放送されるなど、ピックルボールの試合を見る選択肢は数多くあるが、生中継の需要はまだ多くない。

結局、新しいスポーツがひしめくなかで勝ち抜くカギは、派手なメディア露出やトップダウンの商業的な力ではなく、ボトムアップの地域レベルの発展だ。あらゆるスポーツは、商業ではなく文化に根差している。

気軽なプレーヤーのネットワークを熱狂的ファンの国際的なコミュニティーに成長させられるのは、ボランティアや草の根のオーガナイザーだ。ピックルボールが名実共に素晴らしいスポーツに発展できるかどうかは、彼らに懸かっている。

The Conversation

Josh Woods, Professor of Sociology, West Virginia University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日中双方と協力可能、バランス取る必要=米国務長官

ビジネス

マスク氏のテスラ巨額報酬復活、デラウェア州最高裁が

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復

ワールド

エプスタイン文書公開、クリントン元大統領の写真など
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 5
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 6
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 7
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中