年末定番の「くるみ割り人形」はなぜ最も愛されるバレエになったか
舞台関係者は今もコロナ禍にあって苦闘を続けているがバレエの世界は、このクリスマスシーズンに至って、ようやく成功確実なヒット作の上演を再開することができる。そう、「くるみ割り人形」だ。写真はニューヨーク・シティ・バレエ団の「くるみ割り人形」 CMajorEntertainment / YouTube
舞台芸術関係者は、公演の中止や劇場の閉鎖、コストのかさむ感染予防措置といった暗雲の陰からスポットライトの中へ戻るべく、今も苦闘を続けている。だがバレエの世界は、このクリスマスシーズンに至って、ようやく成功確実なヒット作の上演を再開することができる。そう、「くるみ割り人形」だ。
この時期に欠かせない同作品は、年間で上演される他の作品すべての合計とほぼ同じ数の観客を集め、年間のチケット収入に占める比率も非常に大きい。世界有数のバレエ団の1つであるニューヨーク・シティ・バレエ団(NYCB)では、ほぼ5週間にわたって上演される「くるみ割り人形」が年間のチケット売り上げの約45%を稼ぎ出す。
これだけの規模で集客を行うことは、他の舞台芸術と同様に新型コロナウイルスによるパンデミックのために通常の収益機会をほぼすべて奪われてしまったバレエ業界にとっては不可欠だ。非営利団体「アメリカンズ・フォー・ジ・アーツ」では、米国における非営利の芸術文化団体がパンデミックで失った収益は、2021年7月の時点で推定180億ドル(約2兆円)に及ぶとみている。
「パンデミックのせいで、舞台芸術は壊滅状態にある」と語るのは、ダンス/USAでエグゼクティブ・ディレクターを務めるケリー・エデュセイ氏。「特にダンス分野では、運営予算がバッサリ削られてしまった」
コロナはバレエ団と劇場周辺にも打撃に
ダンス/USAがアンケート調査を行ったダンスカンパニーの過半数は、前年に比べてチケット収入が減少したと報告しており、44のカンパニーの平均では74%の減収になったとされている。バーチャル公演は3倍以上に増えた。2020年の冬、プロのバレエ団のほとんどは、この季節に「くるみ割り人形」を上演するという長年の伝統を回避し、代わりに過去の「くるみ割り人形」の録画をストリーミング配信した。
多くの公演が中止されたことは、劇場周辺の地域経済にも影響を与えた。
「こうした毎年恒例の公演があるということはニューヨーク市にとって非常に重要だ。観光客をこの街に呼び込み、近隣州の住民も訪れるから」と語るのは、NYCBで芸術監督を務めるジョナサン・スタッフォード氏。「ホテルやレストラン、タクシー運転手にとっても重要だ。『くるみ割り人形』でこの街は息を吹き返す」
シカゴに住む前出のエデュセイ氏は「ダウンタウン(繁華街)とは何だろうか」と問いかける。「どうして観光客はこの街に来るのか。博物館があり、ダンス・パフォーマンスがこの街のあちこちで繰り広げられるからだ。芸術・文化セクターこそダウンタウンそのものだ。大都市の多くでは芸術と文化が観光の原動力になっている」
パンデミックのあいだ、ダンス/USAは他の非営利芸術団体と協力し、パンデミック期間中に導入された財政支援の対象に芸術が含まれるよう働きかけた。「Save Our Stages Act(舞台芸術救済法)」は2020年12月に成立し、舞台芸術セクターに150億ドル(約1兆7000億円)の支援が行われた。
「芸術は無くてはならぬものであり、地域社会において、舞台芸術が経済の原動力として活気をもたらしていることを議員たちも理解していると思う」とエデュセイ氏は語った。