最新記事

環境

映像は美しく衝撃的だが、森林火災の悲惨さが伝わりきらない映画『炎上する大地』

Letting the Fires Burn

2021年11月26日(金)13時14分
アリ・マッツ
森林火災

気候変動による気温上昇と空気の乾燥で火事は激しく、急速に燃え広がるが ©AMAZON STUDIOS

<森林火災と温暖化、政治の関係を証明した『炎上する大地』。映像は美しいが、知識優先で感情移入できない>

クライシス(危機)という語は、ギリシャ語のクリネイン(決める)に由来するという。そう、危機が来たら迷っている暇はない。逃げるにせよ戦うにせよ、さっさと決めるのが賢い選択。

しかしエバ・オーナーの新作ドキュメンタリー『炎上する大地』(11月26日、アマゾンプライム・ビデオで独占配信開始)によれば、オーストラリアの悲惨な山火事に際しては、政府の「決め方」が決定的に悪かった。

もちろん、オーストラリアでは以前から季節的に大規模な山火事が起きていた。だが本作は明確な証拠と分析を提示しつつ、近年は山火事の規模も回数も増加しており、それは地球温暖化の影響だと結論付けている。

2019〜20年にかけての悲惨な山火事は、政府がきちんと温暖化対策をしていれば防げたはずだと訴えてもいる。オーナー監督に言わせれば、あの壮絶な山火事で生じた被害の責任は、人為的な二酸化炭素排出による気候変動を一貫して否定してきたスコット・モリソン首相(と、彼に先立つ保守系の首相たち)にある。

本作では現地の消防署長だった人物が、長年にわたる山火事との戦いを克明に語っている。科学者や環境保護の活動家、作家のコメントもあり、焼け出された住民の切実な証言も盛り込まれている。

こうなると、もう間違いない。人為的な原因による気候変動を否定するモリソンは間違っている。彼以前の保守派の首相たちも間違っていた。そのことを、監督は膨大な資料映像を通じて明らかにした。見事だ。広いオーストラリアでは電気自動車など使い物にならん、ガソリンこそわが国の未来だ、と言い募るモリソンの映像も、効果的に使われている。

作りすぎで感動なし

さらに、オーストラリアの国土やそこに生きる動植物の素晴らしい映像もふんだんに盛り込まれている。ドキュメンタリー映画としては上出来だ。気候変動に関する不気味なチャートや衝撃的な映像も巧みに盛り込まれている。

しかし、アル・ゴア元米副大統領にノーベル平和賞をもたらした『不都合な真実』(06年)同様、この作品の映像も素晴らしすぎて、現実の悲惨さを伝え切れずにいる。

つまり、映像の水準は高いが、作品としては失敗している。黒焦げになった動物の死体や、なんとか炎から逃れようとするコアラの姿、あるいは有毒な煙を吸い込んで早産した若い母親の嘆きといった映像は泣ける。だが、それ以上の感情移入はできず、危機感は伝わらない。

被災した住民がスマホで撮影した映像もあるが、そこに危機感は感じられない。所詮、スマホで悠然と撮影できる程度の状況だったのかという感じがしてしまう。

ドキュメンタリー映画は難しい。本作は気候変動の問題をオーストラリアの政治状況に照らして的確に捉え、地球温暖化と山火事の相関を鮮やかに描いている。この作品が語るロジックは正しいし、そのメッセージは正しく伝わる。映像は素晴らしく、理屈も十分に納得できる。

でも、感動がない。私たちが期待するのは、あの山火事と戦った人たちが感じた熱さ、逃げ延びられなかったコアラたちの悲鳴だ。『炎上する大地』の映像はきれいすぎて、行儀がよすぎる。

悪い映画ではない。だが気候の危機と戦う人たちにとっては知っていることばかりだし、気候変動に目をつぶりたい人たちなら見ようともしない作品だ。そこが悲しい。

The Conversation

Ari Mattes, Lecturer in Communications and Media, University of Notre Dame Australia

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

再送米、NATO東部地域から一部部隊撤退へ=ルーマ

ワールド

Azureとマイクロソフト365で障害、利用者数万

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で「的を絞った」攻撃 停戦履

ビジネス

米キャタピラー、7─9月期は増収 AI投資受け発電
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    コレがなければ「進次郎が首相」?...高市早苗を総理に押し上げた「2つの要因」、流れを変えたカーク「参政党演説」
  • 3
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」にSNS震撼、誰もが恐れる「その正体」とは?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【クイズ】開館が近づく「大エジプト博物館」...総工…
  • 6
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 7
    リチウムイオンバッテリー火災で国家クラウドが炎上─…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    怒れるトランプが息の根を止めようとしている、プー…
  • 10
    「ランナーズハイ」から覚めたイスラエルが直面する…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 9
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 10
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中