時代に合わなくなったヒーロー「ジェームズ・ボンド」の最期が意味するもの
Passing the Torch
第一線を退いたボンドは静かな暮らしを楽しんでいたのだが…… ©︎2021 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED
<『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』でダニエル・クレイグが演じた007の最期は、去りゆくアベンジャーズの英雄たちと重なる>
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は、ダニエル・クレイグがイギリスのスパイ、ジェームズ・ボンドを演じた最後の作品だ(以下、映画のネタバレあり)。そればかりか、あたかも「最後のボンドムービー」であるかのように幕を閉じる。
人類滅亡をもたらす可能性のあるウイルスが保管されている施設に向け、ミサイルが発射される。確実に命中させるためにボンドはその場に残り、吹き飛ばされる建物と運命を共にするのだ。
人々の命を救うために自らを犠牲にする――ヒーローにとってこれほど高貴な死に方はない。「高貴」なんてボンドの柄ではないけれど、クレイグによる最後の007映画であることを思えば、記憶に強く刻まれる終わり方にするのは当たり前だろう。
だが死に向き合うボンドからは「それ以外の選択肢がない」とか「人類を救うという目的に殉じる」といった感じがあまり伝わってこない。どちらかというと死を望んでいるように見えるのだ。
本作の最初のアクションシーンでボンドは、追ってくる車から逃れるため、路面に敷設されていたケーブルをつかんで橋から飛び降りる(ケーブルは都合のいいことに、欄干からぶら下がって命拾いができるくらいの長さにたるんでいる)。でもラストでは、彼は逃げようともしない。
一つの時代の終わり?
クレイグは現在53歳。ロジャー・ムーアがボンドのタキシードを脱いだ年齢より5歳も若いが、本作では肉体的に衰えてきていることが強調されている。ボディーラインは相変わらず素晴らしいが、それでも若い世代のエージェントたちに追い上げられ、自分の時代が終わりつつあることを認識させられる。
007のナンバーを継いだ女性スパイのノーミ(ラシャーナ・リンチ)は、自分の邪魔をしたら膝を撃つとボンドを脅す。それも「まだ使えるほうの膝をね」と言うのだ。
ボンドの復帰を喜んでくれるのはアメリカのスパイ、ローガン・アッシュ(ビリー・マグヌッセン)だけ。本物のボンドについに会えたと興奮を隠さない。だがそんなふうに持ち上げられること自体、若いポップスターがベテラン歌手に「子供時代、あなたのポスターを寝室の壁に貼っていました」と言うようなもので、ボンドが過去の人になったことを感じさせる。
この辺り、ボンドファンが愛しているのは昔ながらのスパイ映画なのだと認めているようなものだろう。ファンは整った身なりの白人男性が外国なまりの悪者を殺したり、そのたびに違う女性と時に軽口をたたきながらベッドインするのを楽しみにしている、と。
その点、マグヌッセン演じるアッシュはいかにも白人エリート男性といった外見だ。目的のためなら、仲間であるはずの相手もためらいなく殺す。こんな人物がボンドファンなのだとしたら、ボンドもそろそろ引退の潮時と言えるかもしれない。