最新記事

言語学

今後、日本語は長くてくどくなる──コミュニケーションの「高」と「低」

2021年4月22日(木)16時00分
平野卿子(ドイツ語翻訳家)
日本人の少年

RichLegg-iStock.

<欧米人との会議や折衝の場で日本人の口数が少ないのは、語学力のせいではない。通訳が入っていても変わらないからだ。そこには、コミュニケーションタイプの違いが関わっている>

たとえば、頼みごとをしていた取引先に電話したとしよう。

「あっ、今いいですか?」
「かまいませんよ」
「例の件ですけど......」
「あ、あれですね。オーケーです」
「では、よろしくお願いします」(ガチャ)

こういった会話は、日本語話者であるわたしたちはちっとも不思議に思わないが、欧米人同士では成り立たない。本来は家族間でのみ行われるような会話である。

アメリカの文化人類学者エドワード・T・ホールによると、コミュニケーションの型は「高コンテクスト(ハイコンテクスト)文化」と「低コンテクスト(ローコンテクスト)文化」に分けられるという。

高コンテクスト文化におけるコミュニケーションでは、実際に言葉として表現された内容よりも、その場の状況や話し手、社会の慣習など、言外の意味を察することで意志の伝達が行われる。

その代表とされるのが、先の例で示したように日本語である。

他方、低コンテクスト文化におけるコミュニケーションでは、言葉が重要な役割を果たしており、すべてをきちんと言葉にしなければ伝わらないとされる。

欧米語は基本的にどれも低コンテクスト文化に属するが、フランス語やイタリア語などのラテン語系よりも、英語などのゲルマン語系言語にその傾向が強い。その代表的な例はドイツ語である。 

人種や言語、宗教、価値観などの異なる民族がひしめいていたヨーロッパ大陸では、意思を疎通するためには言葉に頼るしかなかった。

もしそれが不十分だったりすれば、たちまち戦につながりかねない。だから、誤解のないように可能な限り具体的、かつ詳細に伝えようとしてきたのだろう。

結果として、西洋人は多弁になった。お互いに共有する前提条件が少ないために言葉に頼らざるを得ないからである。

相互理解はむろんのこと、自分たちの立場を優位に導くためにも言葉を駆使する。西洋で古くから雄弁術が発達したのももっともだと思う。

しかし、有史以来、ほぼ同じ民族が似たような文化のもとで、海に隔てられた土地で暮らしてきた日本では、世界でも例を見ないほどの同質文化が形成された。

こういう社会では、体験や具体的な事実など、会話の前提となるものをお互いに多く共有しているために話は通じやすく、その結果、日本人は「言葉少な」になった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

GMメキシコ工場で生産を数週間停止、人気のピックア

ビジネス

米財政収支、6月は270億ドルの黒字 関税収入は過

ワールド

ロシア外相が北朝鮮訪問、13日に外相会談

ビジネス

アングル:スイスの高級腕時計店も苦境、トランプ関税
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「裏庭」で叶えた両親、「圧巻の出来栄え」にSNSでは称賛の声
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 5
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 6
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 7
    セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日…
  • 8
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 9
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 6
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 7
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 8
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中