あなたが仕事を始めないのは「やる気が出るのを待ってる」から 目からうろこの心理療法ACTの極意とは
「この点も本書でハッとさせられたことでした。ネガティブなことを考えるのはよくない、何でもポジティブに考えるべきというセオリー(ポジティブアファーメーションやポジティブシンキング)が日本でも広まっていて、僕もそれを信じていました。それで、どうしてもポジティブには考えられないときがあると、自分は精神的に弱い、ダメな人間なのだろうかと思っていたのです。それなのにハリスは、ネガティブなことを考えるのは当たり前で、それに居場所を与えればいいというのですから」(岩下氏)
心配、不安、失敗、自己批判などの感情や思考を追い出すのではなく、受け入れることがACTの「A」、アクセプタンスの部分だ。
「歯磨きに集中する」練習でも、自信につながる
ハリスは、自信をもちたい事柄(勉強、スポーツ、楽器の演奏、恋愛関係、スピーチ、交渉など)において集中力を高めるために、日常のあらゆる事柄に集中することを勧める。着替え、歯磨き、シャワーやお風呂、食事、家事などをするとき、その行為のみに心を注ぐのだ。
こうして集中のスキルをつけることにより、「自信をつけたい分野でも集中できる→よい結果につながる→集中する時間を増やす→自信がわく」という流れが出来上がる。
とはいえ、自信をもちたい分野でその行為に取り組めなかったり、集中すらできないときもある。疲れていたり、取り組むこと自体が退屈に感じられたり、どうしても落ち込んだり、人的・物理的環境が整っていなかったりするときだ。それを乗り越える方法についても、ハリスは本書の中できちんと教えてくれる。
自信をつけるために、モチベーション(動機)を高める必要はない
自信をもちたい事柄に取り組めないのは、やる気・高揚感が起きないことも一因だ。やりたいけれど、なんだか情熱がわかない状態だ。ここでもハリスは逆説的だ。やる気を高めようとする、あるいはやる気が高まるまで待つから取り組めないのだと指摘する。
ハリスは、やる気(感情)とモチベーション(動機)を分けて考える。眠りたいなどの生理的欲求を含め、生きている限りモチベーションがないことはあり得ないと説き、モチベーションとは実はやる気という感情(フィーリング)ではなく、「単に何かをしたいという欲望(ニーズ)」だと教えてくれる。これは、筆者にとって目から鱗が落ちた点だ。
わかりやすい例は、本の執筆だ。大勢の人がハリスのもとに、自分も本を出したいと思っていると言ってきた。しかし実際に原稿を書いた人はごくわずかだった。みな書きたいという欲望(ハリスがいうモチベーション)はもっていたのに、目先のやる気(書き始めたいという感情)が生まれるのを待っていたからだ。目先のやる気のことなど気にせず、本を書くと決意・覚悟をして即座に取り掛かれば、「多少は書けた(前進した)」「書く技量がないわけじゃないんだ」「もう少し書いてみようかな」などの感情はあとから生まれてくるものなのだ。
本書には、ここに挙げたほかにも、ACTの様々な理論や実践が紹介されている。岩下氏は「ハリスの意図を読者に伝えることを最優先し、一言一句忠実な訳ではなく、といって、もちろん原文をねじ曲げないようにしながら読みやすさを最優先しました」と言う。まさにその通りでわかりやすく、岩下氏の翻訳の腕に感心するが、立ち読みで理解できるほど簡単ではない。繰り返し読むことも必要だろう。
岩下氏は、シリーズの翻訳を通して、自分の考え方や生き方が変わったそうだ。筆者も、現在、生活にACTを取り入れて練習を続けている。練習はつまらないと思っていたのに楽しいという感情が起きて、日々の幸せ感が少し増している。
[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。得意分野は社会現象、ユニークな新ビジネス、文化で、執筆多数。数々のニュース系サイトほか、JAL国際線ファーストクラス機内誌『AGORA』、季刊『環境ビジネス』など雑誌にも寄稿。東京都認定のNPO 法人「在外ジャーナリスト協会(Global Press)」監事として、世界に住む日本人フリーランスジャーナリスト・ライターを支援している。www.satomi-iwasawa.com