最新記事

マインドフルネス

あなたが仕事を始めないのは「やる気が出るのを待ってる」から 目からうろこの心理療法ACTの極意とは

2021年4月8日(木)11時35分
岩澤里美(スイス在住ジャーナリスト)

「この点も本書でハッとさせられたことでした。ネガティブなことを考えるのはよくない、何でもポジティブに考えるべきというセオリー(ポジティブアファーメーションやポジティブシンキング)が日本でも広まっていて、僕もそれを信じていました。それで、どうしてもポジティブには考えられないときがあると、自分は精神的に弱い、ダメな人間なのだろうかと思っていたのです。それなのにハリスは、ネガティブなことを考えるのは当たり前で、それに居場所を与えればいいというのですから」(岩下氏)

心配、不安、失敗、自己批判などの感情や思考を追い出すのではなく、受け入れることがACTの「A」、アクセプタンスの部分だ。

「歯磨きに集中する」練習でも、自信につながる

ハリスは、自信をもちたい事柄(勉強、スポーツ、楽器の演奏、恋愛関係、スピーチ、交渉など)において集中力を高めるために、日常のあらゆる事柄に集中することを勧める。着替え、歯磨き、シャワーやお風呂、食事、家事などをするとき、その行為のみに心を注ぐのだ。

こうして集中のスキルをつけることにより、「自信をつけたい分野でも集中できる→よい結果につながる→集中する時間を増やす→自信がわく」という流れが出来上がる。

とはいえ、自信をもちたい分野でその行為に取り組めなかったり、集中すらできないときもある。疲れていたり、取り組むこと自体が退屈に感じられたり、どうしても落ち込んだり、人的・物理的環境が整っていなかったりするときだ。それを乗り越える方法についても、ハリスは本書の中できちんと教えてくれる。

自信をつけるために、モチベーション(動機)を高める必要はない

自信をもちたい事柄に取り組めないのは、やる気・高揚感が起きないことも一因だ。やりたいけれど、なんだか情熱がわかない状態だ。ここでもハリスは逆説的だ。やる気を高めようとする、あるいはやる気が高まるまで待つから取り組めないのだと指摘する。

ハリスは、やる気(感情)とモチベーション(動機)を分けて考える。眠りたいなどの生理的欲求を含め、生きている限りモチベーションがないことはあり得ないと説き、モチベーションとは実はやる気という感情(フィーリング)ではなく、「単に何かをしたいという欲望(ニーズ)」だと教えてくれる。これは、筆者にとって目から鱗が落ちた点だ。

books20210407.pngわかりやすい例は、本の執筆だ。大勢の人がハリスのもとに、自分も本を出したいと思っていると言ってきた。しかし実際に原稿を書いた人はごくわずかだった。みな書きたいという欲望(ハリスがいうモチベーション)はもっていたのに、目先のやる気(書き始めたいという感情)が生まれるのを待っていたからだ。目先のやる気のことなど気にせず、本を書くと決意・覚悟をして即座に取り掛かれば、「多少は書けた(前進した)」「書く技量がないわけじゃないんだ」「もう少し書いてみようかな」などの感情はあとから生まれてくるものなのだ。

本書には、ここに挙げたほかにも、ACTの様々な理論や実践が紹介されている。岩下氏は「ハリスの意図を読者に伝えることを最優先し、一言一句忠実な訳ではなく、といって、もちろん原文をねじ曲げないようにしながら読みやすさを最優先しました」と言う。まさにその通りでわかりやすく、岩下氏の翻訳の腕に感心するが、立ち読みで理解できるほど簡単ではない。繰り返し読むことも必要だろう。

岩下氏は、シリーズの翻訳を通して、自分の考え方や生き方が変わったそうだ。筆者も、現在、生活にACTを取り入れて練習を続けている。練習はつまらないと思っていたのに楽しいという感情が起きて、日々の幸せ感が少し増している。


s-iwasawa01.jpg[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。得意分野は社会現象、ユニークな新ビジネス、文化で、執筆多数。数々のニュース系サイトほか、JAL国際線ファーストクラス機内誌『AGORA』、季刊『環境ビジネス』など雑誌にも寄稿。東京都認定のNPO 法人「在外ジャーナリスト協会(Global Press)」監事として、世界に住む日本人フリーランスジャーナリスト・ライターを支援している。www.satomi-iwasawa.com

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中