カズオ・イシグロが新作で描く、友達AIロボットの満ち足りた献身
Unprecedented Input
序盤、クララはAFショップのウインドーに並んで外界に目を凝らす。「通行人が見せるさまざまな感情の不思議」に好奇心を抱き、タクシー運転手のけんかや数十年ぶりに再会した男女の抱擁を見て学びを重ねる。
もっともこの知識欲もプログラミングの産物だ。「人の感情という不可解なもの......一部だけでも理解しておかねば、いざ相手を助けようというときに最善を尽くすことができません」と、クララは語る。
「神」を見つけた機械
人工知能が認識したとおりに、イシグロは世界を見せる。野原であれ、劇場に向かう人の群れであれ、未知のものを目にすると、クララの視界は分割されソフトウエアが情報を分析する。車窓からクララが知覚する景色は、こんなふうだ。
「(車が)いくつもの手足と目玉をもつ大きな生き物のわきを通り過ぎた直後、目の前でその生き物の真ん中に割れ目が出現して、たちまち全体が二つに分かれました。そのときはじめて、これは大きな生き物などではなかったと気づきました。ジョギングしている人と犬を散歩させている人──反対方向に進んでいた二人が、たまたまこの一瞬、重なり合い、すれ違ったのでした......歩道に......野球帽が落ちていました」
読者が知りたいことに関心が向くとは限らない。命が危ぶまれるほどジョジーが衰弱しても、クララは原因を人に尋ねない。恵まれた家庭の子供は「向上処置」を受け、貧しい子供をさげすむが、そうした区別にも興味はない。格差の持つ意味を読者が知るのは、後半に入ってからだ。
優しさと冷たさをクララは判別できるが、人間とはモラルが異なる。旧型の自分を見下した最新型AFをクララが批判するのは、傷ついたからではない。「ああいうことを思いつく心の持ち主が、子供たちのいいAFになれるのでしょうか」と、彼女は首をかしげる。
人間の仕事や居場所を奪うなと、見知らぬ女に攻撃されたときもそうだ。読者は女の言葉に憎悪を見るが、クララは意に介さない。赤の他人に否定されたところで、使命に差し障りはないからだ。
ヘンリー・ジェームズの『メイジーの知ったこと』からマーク・ハッドンの『夜中に犬に起こった奇妙な事件』まで、小説家は純真な語り手を使って私たちの世界観や自意識を揺るがしてきた。