最新記事

BOOKS

気が滅入る「老人地獄」は、9年後にさらに悪化する

2016年1月12日(火)15時46分
印南敦史(書評家、ライター)

 しかも当然のことながら、問題は介護施設のなかだけにあるわけではない。以後もさまざまなケースが紹介されるが、高額医療費のせいで経済的に追い詰められる老夫婦の、「人生の終盤にこんな苦痛が待っているとは思いませんでした」という言葉は、現在の老人医療の不備を突いているといえよう。

 自宅で暮らすのが難しく、しかし入居待ちが多い特養(特別養護老人ホーム)にも入れないため、老健(介護老人保健施設=介護を必要とする老人を対象とした施設)をわたり歩く90代女性も登場する。そうした行為を「老健わたり」というそうだが、90を越えたお年寄りがそんなことをしなければならないとは、あまりに過酷である。

 また、原発被災地に焦点が当てられ、そこに2025年の日本があると指摘されている点にも、強く共感した。いわれてみれば、そのとおりだからだ。


 少子高齢化が進む日本の将来を暗示しているのは、福島県の原発被災地だ。被災地では若い世代は放射能の影響を心配して避難した人が多いが、高齢者は残った人が多い。介護職員や看護師も避難したため、介護や医療の現場は深刻な人材不足に悩んでいる。(127ページより)

 そんななか、南相馬市の特養へ約65キロの道のりを車で通い続けるケアマネージャーなどが紹介されるが、たしかにこれは、指摘されない限り気づきにくい問題ではないか。いやな表現ではあるが、このままでは、被災地がまずダメージを受け、その余波が全国へ広がっていくというような図式も容易に想像できる。

 2025年には団塊世代が75歳以上の後期高齢者になるため、高齢者医療や介護の問題がより深刻化するといわれている。いわゆる「2025年問題」だが、現時点ですでに、仕事を失ったり給料が減ったりしたことから保険料を払えなくなった中高年が続出しているのだという。

 そんななか、財政難に悩まされる国や自治体は、保険料の徴収を辞さない。なかでも市町村が運営する国保は、保険料を滞納した人の財産の差し押さえや、給料からの強制徴収に踏み切るケースが急増し、経済的に追い詰められる人も多いという。

 いわば、現時点ですでに、八方ふさがりなのだ。2025年からさらに10数年もすれば、次は現在50代前半である私の世代が同じようなことになる。しかもそのとき、自体はさらに悪化している可能性が大きい。にもかかわらず、少なくとも現時点では、抜本的な解決策が見えない状態だといわざるを得ない。

 が、だからこそ本書を通じて現実を直視し、考えられることだけでも考えておいた方がいい気はするのだ。

<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>


『ルポ 老人地獄』
 朝日新聞経済部 著
 文春新書

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。書評家、ライター。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米アトランタ連銀総裁、任期満了で来年2月退任 初の

ワールド

トランプ氏、ネタニヤフ氏への恩赦要請 イスラエル大

ビジネス

NY外為市場・午前=円が9カ月ぶり安値、日銀利上げ

ワールド

米財務長官、数日以内に「重大発表」 コーヒーなどの
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 2
    炎天下や寒空の下で何時間も立ちっぱなし......労働力を無駄遣いする不思議の国ニッポン
  • 3
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 4
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 7
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「麻薬密輸ボート」爆撃の瞬間を公開...米軍がカリブ…
  • 10
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中