最新記事

映画

泣けて笑える『オーケストラ!』の人生讃歌

ロシア人演奏家たちのちょっぴりおかしくて、感動的な再起の物語を作り上げたラデュ・ミヘイレアニュ監督に聞く

2010年4月16日(金)14時45分
大橋 希

かつての名指揮者アンドレイ・フィリポフ(アレクセイ・グシュコブ、左)が、旬のバイオリニスト、アンヌマリー・ジャケ(メラニー・ロラン)を迎えたリベンジ公演は成功するのか ©2009 - Les Productions du Tresor

 ボリショイ交響楽団でユダヤ人が排斥され、彼らをかばったロシア人が解雇される。ソ連時代のそんな史実がベースになった映画『オーケストラ!』では30年後、今や落ちぶれたロシア人元演奏家たちが偽オーケストラを結成しパリで公演する(日本公開は4月17日)。

 コメディタッチで、人生をやり直す人々の物語を作り上げたラデュ・ミヘイレアニュ監督に聞いた。

----既に脚本があったとか。

脚本じゃなくて、粗筋のメモだよ。「香港で偽オーケストラが公演」という実話に基づくものだったけど、そのアイデアだけもらってあとはゴミ箱に捨ててしまった。
それから脚本家のアランミシェル・ブランとモスクワに行って、1から脚本を書いた。

----悲しい題材をユーモアをもって描くことの効果を意識した?

 私は「絶望的な楽観主義者」。悲劇的な困難をユーモアで乗り越えていくことが人生では大事だと思っている。それこそが美しい。

----楽団員たちの再起にどんなメッセージを込めたのか。

 人間誰でも裏切られたり、困難にぶち当たることはある。それは病気だったり、家族や愛情問題だったり、政治的・社会的規制によるものだったりするかもしれないが。そうした逆境をどうやって尊厳をもって乗り越えて行けるのか、愛を取り戻すことができるのかというのは人間にとって永遠の課題だ。
 
 世界的な経済危機が言われているが、それは経済危機ではなく人間が自信を喪失したことの危機だと私は思っている。この映画は、自己愛や他人への愛、問題解決能力といったものを人々が取り戻すための応援歌だと言っていい。

----ロシア人がかなりやぼったく描かれている。あなたが現地に行って感じた印象だろうか。

 ロシアを訪れてみて、いろんな要素、いろんな人々が絡み合う複雑な社会だと分かった。旧共産圏の国々で見られることだが、特に50、60代の人たちは「旧共産圏の過去」「現在と未来」の2つの世界を行ったり来たりしている。時代遅れの服を着せることで、矛盾の中に生きる彼らの姿を表現したかった。

 反対に、彼らが公演を行うフランスはモダンで色鮮やかで、表面的には非常に洗練されている。でも、人々の魂は眠っているようなところもある。逆にロシア人は流行遅れの服を着ていても、心の中には強いエネルギーを秘めている。その対比も引き出したかった。

----ロシア人たちのフランス語の「言い間違いシーン」がおもしろかった。

 私自身の体験が基になっている。私は80年代にフランスに渡ったが、本で読んだ、つまり19世紀フランス文学で学んだようなフランス語をしゃべろうとしていた。そうすると言葉の取り違えがよくあって、周りのフランス人にもよく笑われた。

 19世紀には高貴でチャーミングな言い回しも、今ではまったく別の意味にとられることがある。映画の中でもそうした言葉のズレによって、周囲とのズレやユーモアを表現したんだ。

----あなたは楽器をやったりしないのか?

 音楽は私にとって崇高な芸術であり、国境のない表現手段。クラシック以外にもさまざまなジャンルの曲を聴くし、音楽を「想像」したりもする。

 映画を撮る上で音楽は非常に重要な要素なので、作品のイメージに合った音楽を頭の中で想像するんだ。それを担当の作曲家に伝えて、「この楽器を使う」「こういったリズムで」と話し合いながら曲を作っていく。私は作曲家を通して自分が楽器を弾いているような、実際に合奏しているような気持ちでいる。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中