最新記事

映画

タランティーノの悪ノリ復讐劇

2009年12月14日(月)14時41分
ダニエル・メンデルソン(作家)

 だが本当の問題はそのメッセージにある。『イングロリアス』からタランティーノ節の悪ノリをはぎ取れば、そこに残るのは復讐の快楽だ。

 復讐という題材に対するタランティーノの思い入れは深い。スカっとするための必要不可欠な行為として復讐を捉える姿勢は、私生活にも表れている。96年のインタビューでは「自宅には銃があって、12歳の少年が押し入ってきたらそいつを撃ち殺す」と言い切った。「押し入る権利はない。弾が切れるまで撃ちまくってやる」

 今回はユダヤ人とナチスを入れ替えることで、血なまぐさい復讐趣味を炸裂させた。

 史実では、ナチスがユダヤ人を建物に閉じ込め、生きながら焼き殺した。だが『イングロリアス』ではユダヤ人が蛮行を企てる。

 史実では、面白半分に人間をなぶり殺したのはナチスとその協力者だが、『イングロリアス』ではユダヤ系の米兵がナチスの兵士を野球のバットで撲殺する。スポーツ中継めいたナレーションまで入れて、まるでゲーム感覚だ。 

 史実では、ナチスはユダヤの聖職者を殺す前にその胸にダビデの星をナイフで刻んだ。『イングロリアス』では、ユダヤ人がナチスの兵士の額にカギ十字を刻む。

 タランティーノは、この奇妙な逆転で観客を喜ばせようとする。悪者を成敗することで、留飲を下げさせたいのだ(「ナチスの連中は俺たちを見ると吐き気がするようになるぞ」と、レインは言う)。

 だが「悪者」は現実に存在したし、ホロコーストの歴史も現実だ。悪者と彼らの蛮行に対して私たちが抱く感情も現実であり、それは現実の世界に影響を及ぼす。

「強さ」を偏重する文化

 ユダヤ人をナチス同然の「吐き気がする」ような加害者に仕立て上げた復讐劇に、私たちは喝采を送るべきなのか。私には、そうは思えない。

 ユダヤ人は戦争終結以来、もっと道徳的に優れた「復讐」を遂げてきた。2度と大量虐殺を繰り返させないためにホロコーストの記憶を保ち、伝えてきた。「もう2度と......」を合言葉に。

 一方、『イングロリアス』がかき立てる感情は、まさにホロコーストが再び起きる危険性のなかに潜む感情だ。

『イングロリアス』は極端なケースだが、最近は記憶の危うさを思い知らされる戦争映画が多い。『ディファイアンス』は武器を取って戦ったユダヤ人の勇気を、『ワルキューレ』はドイツ国内の抵抗運動を誇張して描いた。『愛を読むひと』はドイツ人のモラルの混乱に対する同情を引き出した。

 近年、私たちは「強さ」に引かれ、「犠牲者」のレッテルを貼られることを恐れている。語られるのは「生存者」だけで「犠牲者」はいない。そんな風潮が、過去の描き方をゆがめているのかもしれない。実際には、ナチスと戦うことができた人々よりも、なすすべもなく死んでいった犠牲者のほうがはるかに多いのだが。

『イングロリアス』には、邪悪なナチスの大佐が「事実は誤解を招きやすい」とつぶやくシーンがある。そうかもしれないが、フィクションはさらなる誤解を招く。

『イングロリアス・バスターズ』とは「名誉なき野郎ども」の意味だが、歴史の真実を無視して絵空事に夢中になるのは、それこそ不名誉な行為だろう。    

(筆者にはホロコーストで殺害された親族6人の運命をたどった著書『ザ・ロスト』がある)

[2009年11月18日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、対ロ制裁法案に署名へ 最終権限保持なら

ビジネス

エアバス、A350の大型派生機を現在も検討=民間機

ビジネス

ヤム・チャイナ、KFC・ピザハット積極出店・収益性

ビジネス

午前のドル155円前半、一時9カ月半ぶり高値 円安
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中