「ポスト黒田」に「植田新総裁」が望ましい訳──世界最高の経済学を学んだ男の正体
The Unexpected Man
数学と経済学の2つの分野を専攻したことは、経済学の学習に役立ったはずである。私も法学部から経済学部に学士入学した経験があるが、法学部で社会科学の基礎や、後に公務員になってからの交渉術などを実は学んでいたことに気付いた。特定分野に閉じ籠もってガラパゴス化してしまうと、新しい研究の視野も出てこない。
植田氏に初めて会った頃、私は国の持つ外貨準備の決定要因の研究をしていたが、問題を明確にするには確率の定常過程を調べなければならないことが分かった。そこで数学科出身の植田氏に質問すると、彼は短い間に整然とした回答を用意してくれ、これが共著として専門誌エコノミック・ジャーナルに掲載された。
植田氏はMITに留学して、後に世界銀行チーフエコノミストとなったスタンレー・フィッシャーや、国際金融論で天才的な冴えを見せたルディガー・ドーンブッシュの指導を受けた。植田氏は、指導教官のフィッシャーに似て円満、バランスの取れた人懐こい人柄の持ち主である。ポーカーフェースに見えるが、洗練された「江戸っ子」でもある。
日銀総裁に大事な資質
2000年代の初め、内閣府経済社会総合研究所(ESRI)に勤めていた頃、私は金融を拡大しないことが日本の産業を苦しめていると考え、当時の速水優日銀総裁の前で進言したこともあった。この考え方が黒田総裁の異次元緩和として導入される以前、日本で金融政策の効果は低く評価されすぎていた。
そこで、私はスティグリッツやクルーグマン(ちなみに2人ともMIT卒業)を含めた世界の識者約100人に金融政策の効果についてインタビューを申し込んだ。ほとんどの友人は喜んで答えてくれたが、植田氏からは「浜田さんは『そもそも金融政策は効くもの』との前提から始まるので極端すぎる」という理由で、断られた。この事実と、私の持っていた「人当たりの良い人だ」という先入観から、植田氏はバランスを重んじて円満な判断を下す人だという印象を持ってきた。
しかしながら、公開されている日銀金融政策決定会合の議事録を見ると、この印象は間違っていたのかもしれない。00年8月の会議でゼロ金利政策を終了するかが検討され、当時の速水総裁はそれまで景気を支えてきたゼロ金利を、金融界の伝統であったプラス金利に戻す提案を行った。中原伸之委員と共に、植田委員は景気回復の不十分さからゼロ金利廃止は時期尚早であると反対票を投じた。