最新記事

世界経済

インフレ抑制のために景気後退を歓迎する論者の愚かさ

WORLD ECONOMY

2022年12月23日(金)10時25分
ジョセフ・スティグリッツ(コロンビア大学教授)

私たちの暮らしのあらゆる側面で、幸福を脅かす最も大きな要素は政治だ。いま世界の半分以上の人が専制体制の下で生きている。

この問題にアメリカも無縁ではない。

アメリカの2大政党の片方はもはや個人崇拝カルトと化していて、民主主義を否定し、2020年大統領選の結果について嘘を言い続けている。共和党はメディア、科学、高等教育機関を攻撃する一方、ひたすら虚偽の情報をばらまくことに血道を上げるようになっている。

経済思想の転換が不可欠だ

その狙いは、過去250年の進歩を巻き戻すことにあるのだろう。

冷戦が終わったときの楽観ムードはすっかり消え去った。当時は、政治学者のフランシス・フクヤマが「歴史の終わり」という言葉で表現したように、自由民主主義への強力な対抗者は存在しなくなると思われていた。

適切な政策を追求すれば、退歩と絶望へ滑り落ちることが避けられる可能性はある。しかし、多くの国では、政治的分断と膠着状態により、それが難しいのが現状だ。

アメリカやヨーロッパは、この半世紀にわたり農業生産に歯止めをかけてきたが、もっと早い段階で農家に生産拡大を促せたはずだ。

アメリカは、子育て支援にもっと力を入れれば、女性の労働市場への参加を促進し、人手不足を緩和できただろう。ヨーロッパは、もっと早期にエネルギー市場の改革を進めていれば、電力価格の急上昇を防げただろう。

世界の国々は、企業が得た「棚ボタ」の超過利益に課税することで、投資を促進して物価上昇を抑制できたかもしれない。その税収は、弱者を守ったり、経済のレジリエンス(回復力)を高めたりするために使えただろう。

新型コロナでは、国際社会が早期にワクチンの知的財産権放棄で合意していれば、新しい危険な変異株が出現するリスクを減らせたはずだ。

好ましい方向に前進している国が全くないわけではない。その点は、明るい要素と言えるだろう。

しかし、私たちはいまだに、国家の経済への介入を批判したフリードリヒ・ハイエクやミルトン・フリードマンらが主流に押し上げた極端な経済思想に基づく政策から脱却できていない。

そのような経済思想は、これまで私たちを真に危険な道へと導いてきた。その道の先に待っているもの、それは21世紀版のファシズムだ。

©Project Syndicate

221227p32_KAO_02Bv2.jpgジョセフ・スティグリッツ
JOSEPH E. STIGLITZ
2001年ノーベル経済学賞受賞者。NGO「国際企業課税改革独立委員会」のメンバーでもある。

ニューズウィーク日本版 ジョン・レノン暗殺の真実
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月16日号(12月9日発売)は「ジョン・レノン暗殺の真実」特集。衝撃の事件から45年、暗殺犯が日本人ジャーナリストに語った「真相」 文・青木冨貴子

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

次期FRB議長の条件は即座の利下げ支持=トランプ大

ビジネス

食品価格上昇や円安、インフレ期待への影響を注視=日

ビジネス

グーグル、EUが独禁法調査へ AI学習のコンテンツ

ワールド

トランプ氏支持率41%に上昇、共和党員が生活費対応
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「財政危機」招くおそれ
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 6
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    ゼレンスキー機の直後に「軍用ドローン4機」...ダブ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中