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「58円の野菜ですら丁寧に包装」 日本の農家がやりがい搾取の沼にハマる根本問題

2022年2月7日(月)12時00分
野口憲一(民俗学者) *PRESIDENT Onlineからの転載

同じ頃、民俗文化や地域的な伝統文化にも社会的な関心が向けられるようになりました。都市住民にとって、文化的他者の確認作業としてのエキゾチシズムを日帰りで体験できる地方や農村・農業が、消費の対象となったのです。こうして3K一辺倒だった農村・農業イメージも、次第に変化していったのです。

このような農業イメージは農村や農家にも好意的に受け入れられました。農産物直売所が大流行し、あちこちで建設ラッシュが続いていたのがこの頃です。林立した農産物直売所にやってくる都市住民は、農村にとってまさしく救世主でした。新たな農村・農業イメージは確かに福音として機能しました。

テレビの演出は都市住民のマイナスな農業観の裏返し

しかし、それは一時的なものでしかありませんでした。都市と農村では、農業に抱くイメージが全く異なっていたからです。テレビ番組で放映される農業には、過剰な演出が加えられていました。ゆっくりとした時間が流れる自然の中で、晴れの日には外に出て畑を耕し、雨の日には家の中で蕎麦を打つ。実りの秋には豊作を祝い、ご近所づきあいも楽しく、気の良い仲間たちが集まって酒盛りをする。農家でさえ憧れてしまうような素敵な生活です。

実際の農業はそんなものではありません。特に真剣に農業に打ち込む人であればあるほど、大変な労働をしています。値段が安いのに高品質な野菜を作るために手間をかけていれば猶更です。

このような演出過剰なロマンチックな農業イメージは、都市住民にだけ影響を与えたのではありません。農家の側も農家の本質的な働き方をようやく社会が認めてくれるようになった結果ではないか、というある種の希望をもって受け止めました。これが不幸の始まりでした。農家へのイメージの好転は、実際には都市住民の持つマイナスな農業観の裏返しに過ぎなかったからです。

農家が農業を通して仕事に自信を持ち、高い収入を得、社会から尊敬される職業になるのであれば言うことはないでしょう。人の一生のほとんどは働くことだからです。しかし、ロマンチックな農業イメージには、農業に対する尊敬は何一つ存在しません。

野口憲一『「やりがい搾取」の農業論』(新潮新書)これまでの3Kイメージや同情よりはずっとましに見えるかもしれません。しかし、都市住民の農業への憧れは、あくまでも農家が自分たちとは異なる人であるというところに起因しています。自分たちの生活とは異なるからこそ、「スローライフ」が癒しになるのです。

かつての農業は、大変な仕事というイメージだったかもしれません。それが3Kイメージの根幹であったはずです。しかし、逆に言えばだからこそ、かつての農業には尊敬が集まったのです。大変な仕事に従事しながら、自分たちに食糧を作ってくれているという事実は尊敬に値するからです。楽して儲けていると見られている仕事には、尊敬は集まりません。

ですから私は、農家の仕事に対する農家自身の向き合い方のアップデートが重要であると考えています。

野口憲一(のぐち・けんいち)

民俗学者
1981年茨城県生まれ。株式会社野口農園取締役。日本大学文理学部非常勤講師。日本大学大学院文学研究科社会学専攻博士後期課程修了。博士(社会学)。専門は民俗学、食と農業の社会学。著書に『1本5000円のレンコンがバカ売れする理由』(新潮新書)がある。


※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら
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